第六章 僕たちは恋じゃない

1/19
前へ
/97ページ
次へ

第六章 僕たちは恋じゃない

手を伸ばす。 荒い吐息で声が出せない。 迫る足音と呼吸音で気付いてくれる事を願う。 陽一のスピードが落ちた。 ランナーを追い越させようとしたのかもしれないが、僕のゴールは君なんだ。 すかさず最後の一歩を大きく踏み出して、その腕を捕まえる。 「ッ、おわ、えっ、望?」 陽一が飛び退くようにして足を止めてくれた。 僕は引きずられるようにして二、三歩たたらを踏み、膝に手をついて咳き込んだ。 しばらくは酸素を求めるので精一杯で、陽一に少し待ってと手のひらを掲げることしかできない。 「びっくりしたぁ。え、どこから追いかけてきてた? 声とかかけてくれてた? ごめん俺イヤホンしててさ」 僕よりずっと長くずっと速く、もう40分近く走り続けているはずの陽一は、僕より安定した呼吸で滑らかにしゃべり始める。 恐ろしい心肺能力の強さだ。僕の背中をさすってくれる余裕すらある。 何度か唾液を飲み込み、必死で深い呼吸を繰り返しながら、やっと上体を起こせるまでになった。 陽一は「急に止まると危ないから、ゆっくり歩こう」と声をかけてくれる。 その呼吸はもうとっくに落ち着いていて、最早どちらが5キロ走ってきた人間かわからない。 「……日比谷公園までは、車で」 陽一に促され、足を動かしながら答えた。 止まるようなスピードだが、陽一は歩調を合わせてくれる。 「車!? 運転できんの?」 「んなわけないやろ。斉藤さんに協力してもらって」 まだ驚きが醒めないのか、周囲をキョロキョロと見渡して陽一が「えぇ〜」と唸った。 僕は吹き出してきた汗を拭い、シャツの袖をまくりながら最後に大きく息を吐く。
/97ページ

最初のコメントを投稿しよう!

43人が本棚に入れています
本棚に追加