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第六章 僕たちは恋じゃない
手を伸ばす。
荒い吐息で声が出せない。
迫る足音と呼吸音で気付いてくれる事を願う。
陽一のスピードが落ちた。
ランナーを追い越させようとしたのかもしれないが、僕のゴールは君なんだ。
すかさず最後の一歩を大きく踏み出して、その腕を捕まえる。
「ッ、おわ、えっ、望?」
陽一が飛び退くようにして足を止めてくれた。
僕は引きずられるようにして二、三歩たたらを踏み、膝に手をついて咳き込んだ。
しばらくは酸素を求めるので精一杯で、陽一に少し待ってと手のひらを掲げることしかできない。
「びっくりしたぁ。え、どこから追いかけてきてた? 声とかかけてくれてた? ごめん俺イヤホンしててさ」
僕よりずっと長くずっと速く、もう40分近く走り続けているはずの陽一は、僕より安定した呼吸で滑らかにしゃべり始める。
恐ろしい心肺能力の強さだ。僕の背中をさすってくれる余裕すらある。
何度か唾液を飲み込み、必死で深い呼吸を繰り返しながら、やっと上体を起こせるまでになった。
陽一は「急に止まると危ないから、ゆっくり歩こう」と声をかけてくれる。
その呼吸はもうとっくに落ち着いていて、最早どちらが5キロ走ってきた人間かわからない。
「……日比谷公園までは、車で」
陽一に促され、足を動かしながら答えた。
止まるようなスピードだが、陽一は歩調を合わせてくれる。
「車!? 運転できんの?」
「んなわけないやろ。斉藤さんに協力してもらって」
まだ驚きが醒めないのか、周囲をキョロキョロと見渡して陽一が「えぇ〜」と唸った。
僕は吹き出してきた汗を拭い、シャツの袖をまくりながら最後に大きく息を吐く。
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