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やっと頭に酸素が戻ってきたようだ。
まだ心臓はうるさいが、五感がだいぶ戻ってきた。
こちらを見下ろす陽一の目を見て、少し笑う余裕も出てきた。
「ってか今、夜中の二時だけど……何してんの?」
陽一が眉を下げて笑う。声に呆れが滲んでいる。
そりゃそうだ、と受け止めて、僕は一度頷いた。
「うん。陽一を攫いに来たんよ」
目を見張った陽一が、照れたように顔を背けた。
その反応がなんだか嬉しくて、僕は周囲を見渡してからそっと、陽一の左手を捕まえた。
午前二時。東京の真ん中に、僕ら2人だけ。
まるで世界が終わったみたい。
虫の声がささやくだけの静かな夜に、僕らは歩く。
「とりあえず……身体は元気そうでよかったわ」
「うん。俺も、望の足が遅くて持久力無さすぎなままで安心した」
「あぁもうほんま、人生でいちばんの全力疾走やった。まだちょっと肺が痛いわ」
僕が胸をドンと叩くと、陽一は嬉しそうに顔を綻ばせた。
握った手の事には触れもせずに、前のめりで僕を覗き込んで言う。
「漫画家とかデスクワークって何気に体力勝負って言うじゃん。腰痛の防止には筋トレが一番だし、望もちゃんと運動しろよ」
俺がトレーニングメニュー考えてやろうか? 続く言葉は少し魅力的だったが、お願いするのは癪で睨み返すだけにした。
陽一はそれをヘラヘラ笑って受け流し、じゃあ勝手に考えよ、と小さく呟く。
そして、心地よい沈黙。
いつもの僕らのままであることを確認した、短いアイスブレイク。
繋いだ手の強張りが、互いに大切な話をしようとしていることを伝えている。
広い道を進んでいたら、大きな入り口に出た。
車止めの柵がないので、車両も入れる出入り口らしい。
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