第六章 僕たちは恋じゃない

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「斉藤さんに車回してもらうわ。そこで話そ」 ちょっと待って、とスマホを取り出した僕の手を、陽一がためらいがちに止めた。 思わず顔を上げてしまったら、帽子の鍔ですっかり顔を隠してから小さくこぼした。 「……いや、斉藤さんに会話聞かれたくねぇしさ。かと言って外出てもらうのも申し訳ないし、このまま歩きながらでもいいんじゃねぇのって」 声に滲む不思議な色が、いつもの陽一らしくなくて思わず目を見張ってしまった。 どうした? 言外にそう問いかけてみたら、やっとアーモンド型の大きな瞳が顔を出した。 泳いだ目を誤魔化すように、いつも通りのあっけらかんとした声で言う。 「大丈夫だって! こんな夜中にこんなとこ誰もいないし!」 まるでタイミングを測ったように、笑うような叫ぶような若者の声がした。 僕がびくりと肩を揺らすと、陽一は気まずそうな顔をして続ける。 「……まぁ、噴水広場の方は毎日どっかの若者と酔っ払いが騒いでんだけど」 鬱蒼と茂る樹々の向こうから断続的に複数人の声がする。 噴水広場とやらは見えないが、素行のよろしくない人たちが集まっているようだ。 本能的に身構えてしまったら、陽一は僕の手を引き、出入り口に向け歩き出した。 「日比谷公園出ちゃえばさ、道路は車そんな走ってないし、人もいないし、ちょうどいいと思うんだ」 陽一の言う通り、公園横の大きな道路は静まり返っていた。 オレンジの街灯に照らされたアスファルトと白線。 虚空に向けて通行を許可する信号機だけが、異様に存在を主張している。 人の気配はない。風の音もない。 公園から聞こえる虫の声と乱痴気騒ぎに背を向けて、僕らは街路樹迫る歩道を歩く。
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