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プロローグ
はめ殺しの窓の向こう、四角く切り取られた青い空に幻を見た。
二匹のウミガメが遊ぶように泳いでいる。互いを試すように近づいたり離れたり。鼻先を近づけて何かを語らい、笑い合ってまた空を泳ぐ。
けど、幻はすぐに滲んで消えた。追いかけるように瞬きをしたら、涙が溢れた。
どういう涙なのか自分でもわからない。どこも痛くない、悲しくもない。でも涙が止まらない。
しゃくりあげる嗚咽が情けない。自分が泣いている、という事実に泣きたくなる。
垂れた雫を雑に拭って奥歯を噛み締めても、小さく漏らした悪態が弱々しくて、情けない。
むしゃくしゃしてシーツに顔を埋めた。他人のベッドだけど知るかそんなこと。
鼻水を豪快に拭ってやったら少し気が晴れた。ついでに枕も投げたいような衝動に駆られたが、ここで暴れようが何をしようが状況は変わらないと思い直す。
浅くても意識して呼吸をする。落ち着け、絶望するにはまだ早い。またベッドの上に胡座をかいて、はめ殺しの窓から青空を見上げる。
ウミガメの幻はもう見えない。その代わり、アイツの顔がはっきりと浮かぶ。
俺が泣いたってこと、アイツに知られるのだけは絶対に嫌だな。そう思ったら涙が止まった。濡れた顔をTシャツの袖で拭って、まだ熱をもった目元を冷まそうと片手で仰いでみたりする。
放り出したタブレット端末に反応はない。一か八かの連絡を送ってからまだ30分も経ってない。
時刻は午後1時すぎ。アイツは多分、仕事中。
いつ気付いてくれるだろうか。漫画家ってメールチェックとかするのかな。編集とのやりとりは大体LINEだって言ってたから、メールなんてそんなに見ないのかな。見てくれないと困るんだけどな。
念じれば届くかな。そう思いながら、また青空に幻を探してしまう。
去年聞いた不思議な話を思い出す。実際に存在する二匹のウミガメの、本当にあった物語。
広い広い海の中で、あるウミガメが定置網に誤ってかかってしまった。
生きようとしたウミガメは、広い広い海に向かって助けを求めた。
それを聞き届けた種族の違うウミガメは、彼を助けるため定置網に噛みついた。
きっともうすぐ気付いてくれる。俺がこんなに念じてるんだから、絶対届いてるはずなんだ。
お前にだけは届くはずだから、名前を呼び続けるよ。
望。望、助けてくれ。
俺、監禁されてるんだ。
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