2.しっかり者の三女、倒れる。不運の終わり、恩義の食卓

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◇  それから一週間が過ぎて、Ma maison douce 203号室(以下「マ・メゾン」と称する)に住み始めてからの暮らしぶりは、 どんな感じかと申しますと、  午後6時台────。 「ただいまーー」  まだ誰もいないマンションの一室に、先に到着するのは 私。  シンと静まり返った、夜のはじまりの薄暗い部屋。誰にともなく 帰宅の挨拶をする。  ベランダの窓を開けて風を通し 空気の入れ替えたら、カーテンを整え電気をつける。  新田さんの帰宅時刻まで、まだ二時間近くある。  うちの会社は、長時間労働の抑制のため、なるべく残業をしないように、という空気がある。勿論、どうしても必要で残らなければならない日もあるし、仕事を持ち帰ることもあるけれど、毎日残業三昧というのは良しとされない。  会社の中に長い時間拘束されることは少なく、比較的融通が利くというか、退勤時間は自分で調整することができた。  木藤課長のアシスタント業務は 仕事量が半端なく、さすがに毎日がノー残業デーとはいかないけれど、この一週間は生活ががらりと変わったということを理由に、お持ち帰りの宿題はあるけれど、なるべく早く帰宅するようにしていた。  ルームシェア、部屋に他人がいるのだからそれなりに気を遣うだろうし、疲れるのでは? と 少し心配していたけれど、全くそんなことはなく、想像していた通りに、いや、想像以上に快適だった。  マンションが会社から近いことが大きい。通勤時間が短いってこんなに楽なんだ!? これほど日々の負担が軽くなるとは、思っていなかった。だって18時過ぎにはもう、家に着いているのだから。  まだ明るい時間帯、駅からF町商店街へとぶらぶら歩きながら、どこもかしこも入ったことはないけれど、興味をそそられるお店を探索しつつ 夕飯の食材を調達する。  庶民的でお得なスーパーから、高級食材を扱う商店、総菜や弁当がテイクアウトできる昔からの老舗店や、若い人が新しく開店したセンスの良いカフェや定食屋等々、バラエティ豊かにある。  私がここに住んでいる間に、制覇できるだろうか。なんとも味わい深い商店街である。
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