2.しっかり者の三女、倒れる。不運の終わり、恩義の食卓

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 彼は大抵、テレビを見ながら夕飯を食べていることが多い。  テレビ番組ではなく、なにかの動画。  なんとか体操…………なにあれ。  よくわからないが、お夕飯のいい匂いがする。私の夕飯とは、また別の匂いが。 「お風呂、先に使わせていただきますね」 「はい、ごゆっくりー」  一応、お風呂の時間だけは決めてあって、帰ってくるのが早い私が21時台、新田さんがそれ以降の、22時~23時台、といった感じだ。時間の変更は勿論可能。 「あ、楓ちゃん」  今日は、めずらしく呼び止められる。 「はい、なんでしょうか?」 「お風呂の湯船って使ってる? お湯張って好きに使って下さい、湯船も。シャワーだけだと疲れ取れないでしょ?」 「あ、はい。ありがとうございます」  たしかに湯船は使っていない。どうしても、人の家に間借りさせてもらっている感覚があり、お風呂に入ってゆったりしてという気分にはなれないから。なので、はいとは言ったものの、使うつもりはなかった。  ……それにしても、新田さんなぜか、初日からずっと〝楓ちゃん〟って呼ぶんだよな。  人に〝楓〟と、呼び捨てで呼ばれることはよくあるけれど、ちゃん付けは、しかも男性からそう呼ばれることはあまりないので、ちょっと照れくさい。恥ずかしいので止めて欲しいが、わざわざ言うことも無いかと、黙っている。 「私、夏はシャワー派なので大丈夫です」 「そう? ならいいけど」 「お気遣いありがとうございます」 「いいえー」  今日はこれでも、たくさん話した方。  シャワーを浴び終わったら髪を乾かして、再び部屋に戻ると、あとは寝るまで 静かにひっそりと過ごしている。気配を消すかのように……。賑やかな家で育ったせいか、自分の存在感を薄めることは、容易い。  身体を清潔にするだけでさっさと浴室を出て、寝る支度をしてから部屋でぼーっと過ごす。私にとってその瞬間が、ささやかな至福の時間だった。  ゆっくりとお風呂に浸かり ふくふくの布団で眠る、そんな風に過ごさなくても、心身共に十分 リラックスできていると思っていた。
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