3873人が本棚に入れています
本棚に追加
彼は大抵、テレビを見ながら夕飯を食べていることが多い。
テレビ番組ではなく、なにかの動画。
なんとか体操…………なにあれ。
よくわからないが、お夕飯のいい匂いがする。私の夕飯とは、また別の匂いが。
「お風呂、先に使わせていただきますね」
「はい、ごゆっくりー」
一応、お風呂の時間だけは決めてあって、帰ってくるのが早い私が21時台、新田さんがそれ以降の、22時~23時台、といった感じだ。時間の変更は勿論可能。
「あ、楓ちゃん」
今日は、めずらしく呼び止められる。
「はい、なんでしょうか?」
「お風呂の湯船って使ってる? お湯張って好きに使って下さい、湯船も。シャワーだけだと疲れ取れないでしょ?」
「あ、はい。ありがとうございます」
たしかに湯船は使っていない。どうしても、人の家に間借りさせてもらっている感覚があり、お風呂に入ってゆったりしてという気分にはなれないから。なので、はいとは言ったものの、使うつもりはなかった。
……それにしても、新田さんなぜか、初日からずっと〝楓ちゃん〟って呼ぶんだよな。
人に〝楓〟と、呼び捨てで呼ばれることはよくあるけれど、ちゃん付けは、しかも男性からそう呼ばれることはあまりないので、ちょっと照れくさい。恥ずかしいので止めて欲しいが、わざわざ言うことも無いかと、黙っている。
「私、夏はシャワー派なので大丈夫です」
「そう? ならいいけど」
「お気遣いありがとうございます」
「いいえー」
今日はこれでも、たくさん話した方。
シャワーを浴び終わったら髪を乾かして、再び部屋に戻ると、あとは寝るまで 静かにひっそりと過ごしている。気配を消すかのように……。賑やかな家で育ったせいか、自分の存在感を薄めることは、容易い。
身体を清潔にするだけでさっさと浴室を出て、寝る支度をしてから部屋でぼーっと過ごす。私にとってその瞬間が、ささやかな至福の時間だった。
ゆっくりとお風呂に浸かり ふくふくの布団で眠る、そんな風に過ごさなくても、心身共に十分 リラックスできていると思っていた。
最初のコメントを投稿しよう!