もうここにはあなたはいない

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私は、引っ込み思案で人前で話すのは 苦手だった。 家の玄関を一歩出ただけで 話してはいけないというブロックがかかる。 いい子でいなければならない。 ふざけてはいけない。 どこか頭の中でそう思っていたからか わからない。 でも仲の良い友達と話すのはできたのに 初対面と人と流暢に会話なんて できなかった。 私はそういう人だ。 ***** 君がそういう人ならば、 わたしは、そんな君を消したい。 会話をしないことは 何も言えない人というレッテルを貼られる。 そんなことは全然ないはずなのに 周りのイメージはそうなる。 そんな君は、わたしは嫌いだ。 だから消したい。 この世からいなくなってしまえとさえ 思ってしまうくらいだ。 数十年前 私は、高校の春休みに 自動車免許の教習所に通っていた。 人見知りな上、仲の良い友達もいない。 寂しかった。 受付のお姉さんには挨拶と必要最低限は 話せたが、気の利いた会話なんて出てこない。 ましてや、アクシデントが起きても 話せなかった。何を言えばいいんだろう。 行きは送迎バスに乗ってきた。 帰りは、親に迎えを頼むことが多かった。 そして、大雪が降った日。 電話で母に迎えを頼むと、雪深いから 迎えに行けないと言われた。 史上最悪の出来事。 涙が出そうになった。 どうやって帰ろう。 最寄りの駅まで歩いていくことも 可能だが、その電車でさえも止まっている。 タクシーで帰ることもできるだろうが、 料金が高くつくことを知っていたので 避けていた。 受付のお姉さんに声をかけたら、 バスあるから大丈夫だよと言われた。 安心も束の間。 でも初めて会うバスの運転手さんに 何をどう話せばいいかわからない。 何も言わずにバスに乗り込んだら、 一人一人に帰る場所を聞いて回っていた。 自分の番だとドキドキした。 運転手さんは初めての人だと気づいたからか 緊張していた。 「どこまで?」 「A地区です。」 「あー、あの辺ね。  熊谷先生が送迎してたかな。」 「はい、すいません。  バス初めてです…。」 「うん、わかった。  大丈夫。」    会話するだけでものすごく勇気がいる。  この言葉で合っていたかや  失礼なかったか。  いや、黙って乗った方が失礼だったかも  しれないといろんなことを考えた。  外は、猛吹雪になっていた。  どうにか、帰るあてが見つかった。  まもなく18歳になるというのに  泣いてる自分が情けなくなった。  もう、そんな思いはしたくないと  思った私だ。  その話を聞いて、  わたしはイライラが隠せない。  どうして、前もって、  バスに乗りますので  よろしくお願いしますだの、  むしろタクシーでも良かったんではないか  いろんな選択肢があっただろうにと  ツッコミを入れたくなる。    初対面で話せなくなるのはわかるが、  黙って過ごすことの方が  かなり失礼だと感じた。  そう、私は、18歳の私だ。  わたしは数十年後、社会に出て、  いろんな人と会話をせざる得なくなった  35歳のわたしだ。  わたしは、過去の私を消したい。  嫌でも過去の自分はいない。  そう、でも、過去の自分、私がいるから  今のわたしがいる。  消す理由は、  今の自分になるために  切り替わるためだ。  何か新しいことをするには  消さないと行けない。  リセットだ。  あの頃の引っ込み思案な自分よ、  その経験があって成長できるのだ。    未来はさらによくなっている。  今のわたしは、  かなりのお喋りモンスターだ。 【 完 】 
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