悪魔に騙された

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           ・・・  櫻木の提案で、学校近くのカフェに入った。俺としても口の中の渇きを潤したい。  向かい合って座る。俺はオレンジジュースを、櫻木はコーヒーを頼んだ。コーヒーにはビスコッティという名の焼き菓子がついており、彼女がその一つを掴み「食べる?」と俺の口元に持ってきた。彼女の指先が唇に触れそうになる。ドキッとして俺は慌てて拒否した。  咳払いで場を整えた後、俺は口を開いた。 「……さすがに色々訊かせてくれ」 「どうぞ」 「まず、だ。……確認だが、櫻木の母親が悪魔ビトに殺されたっていうのは、本当に事実なのか?」 「もちろん」 「証拠は? 喰の噂は、全部本人が発信している。だから信憑性が薄いって言われて界隈外には見向きもされない。それなのに、どうしてお前の母親が喰に殺されたって断言できるんだ?」  ストローで氷をカラカラと回した。結露した水がグラスを伝い、机に丸い水滴を落とす。  彼女はふう、と息をつきながらカップの取っ手を握った。 「目撃者がいるから」 「目撃者……だと?」 「その人に聞いたの。喰の容姿はうまく見えなかったらしいけど、そいつは何かを紙に書き、それを食べた。すると目の前の女性……私のお母さんが倒れた。指一本触れることなく、よ。まさに、喰が言っている通りでしょ」 「……なるほど」 「ねえ、悪魔ビトの呪いの発動条件のことは知ってる? どういう状況のときに、どのくらいの大きさの呪いをかけられるかっていう条件」  彼女が身を乗り出す。俺はこくりと頷いた。 「悪魔ビトは、外見さえ分かれば呪力でその人の場所を特定できる。さらに、フルネームが分かれば、具体的に呪うことが……最大、呪い殺すことができる。……だよな」 「そうよ。つまりお母さんは、フルネームまで知られた相手に呪い殺されたってわけ。元々知り合いだったのか、その場で名前を教えたのかは分からないけど……許せない……」  削れんばかりの歯軋りの音がした。櫻木の顔がくしゃっと歪む。カップとソーサーが触れ合う音がカタカタ聞こえた。  俺はジュースを吸い上げ、一呼吸置いた後「……じゃあ次の質問」と言った。 「喰を殺すって、本気?」 「もちろん」  即答だった。まあ訊く前から答えは分かっていたのだが。俺はガリガリと頭を掻きむしる。 「悪魔ビトって……悪魔だけど、半分人間だろ? 殺したらやばいんじゃないのか?」  真っ当な意見を言ったつもりだ。オカルトに没頭しているとはいえ、このくらいの倫理観は知っている。しかし櫻木は飄々としている。 「やばいっていうのは、逮捕されるかもってこと?」 「え? ああ、まあ……」 「バレないようにするし、万一があっても天崎くんには迷惑をかけない。それは絶対に大丈夫。でも、喰を殺すにはどうしても協力者が必要なの。だからお願い」 「……」 「本当に安心していいよ。罪は全部私が引き受ける。だって私、喰を殺せさえすれば、自分がどうなったって構わないもの」  その答え方は、寸分の余白も許さぬ澱みない言い方だった。彼女の覚悟がひしひしと伝わってくる。彼女の瞳には光が見えず、底知れぬ闇が渦巻いていた。教室で見る、明るく快活な彼女の面影はどこにもない。  俺は一体どうすればいいのだろう。背中を押すべきか、止めるべきか。 「……どこにいるかも分からないやつを殺すのか?」 「居場所は分かってる。喰はね、とある研究所に秘密裏に捕まってるの」 「え?」  素っ頓狂な声が出た。そんな話は初めて聞いた。 「捕まってる、だと?」 「本当よ。証拠も持ってる」  そう言い彼女は自分のスマホを見せてきた。彼女の長い指が画面をタップする。動画が流れ始めた。  ぼんやりした画質だ。中央に、後ろ手を縛られた少年の後ろ姿が映っている。足首も紐で繋がれ、薄暗い部屋に座り込んでいた。パッと見る限りでは一般的な少年だ。ただ、ちらりと振り返った目つきだけは異常に鋭く、禍々しいオーラを放っている。右瞼のホクロが特徴的だった。 「……この人が、喰?」 「ええ。ほら、続きを見て」  すると、画面の横から誰かの手が伸びてきて、少年の顔の前に何かを差し出した。手鏡だ。  俺は思わずあっと声を上げていた。
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