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「これは、二人だけの秘密だからね。絶対よ」
唇の前で人差し指を立て、俺を見下ろす高身長の女……同級生の櫻木だ。氷がやや溶けただけの、中身のないグラスを前にしている俺は、胸をドキドキさせながら、黙ってこくりと頷く。
「ありがとう」
彼女は呟くように言い、目を潤ませながら妖艶に微笑んだ。それでさらに俺の心臓が跳ね上がる。
まさかこんな状況になるなんて、夢にも思ってなかった。
放課後、彼女に話しかけられるあの時までは……。
「誰にも言っちゃダメよ。……この殺害計画のこと、絶対にね」
・・・
『十月十三日 櫻木真知子』
日記をつけるみたいに書いて、一旦手を止める。髪を結い直す櫻木の横顔をちらりと見上げ、俺は頬を熱くした。
「天崎くん、何書いてるの?」
突然彼女が覗いてきた。ぱっちりした瞳と目が合う。俺は動揺してワッとノートを体で覆った。
「な、何でもないっ。化学の勉強してるだけだ! えっと、元素記号……硫黄、水素、ヨウ素、ネオン……」
隠した文字の下に字を書いていく。彼女は「慌てちゃって」と呆れた視線を向けつつ微笑んだ。俺は顔を赤くしたまま目を逸らす。
だって、言えるわけがない。ノートにお前の名前を書きながらニヤニヤしてたなんて。
櫻木は夏休み明けにこの高校に来た転校生だ。上品で才色兼備、すぐにクラスメイトみんなから慕われた彼女は、ぼっちの俺にしょっちゅう話しかけてくる。そんな彼女のこと、気にならないわけがない。
不意に、彼女は真剣な顔をした。制服のリボンを揺らしながら、眼光をスッと細める。雰囲気に押され、俺も居住まいを正した。
「……何だよ、櫻木」
「頼み事があるの」
「え?」
「天崎くんって、オカルトに詳しいんだよね?」
頷く。オカルトに関しては昔から好きで、現に今こうやって魔術系の本を手にしながら会話している。そのおかげで周りの人から避けられ、人生十七年生きてきて友達ゼロ人という偉業を成し遂げているわけだ。
「なら、悪魔ビト……って知ってる?」
悪魔ビト。聞き慣れすぎた言葉に、俺は再び頷いた。
「ああ。最近話題だから、さすがに……って、櫻木もオカルト分かるんだな。なんか意外だ」
俺はスマホで『悪魔ビト』と検索してみた。すぐにヒットしたサイトを櫻木に向け「これだろ?」と確認する。
『悪魔ビトとは、突然に呪力を授かり使えるようになった人間のことである。呪力を使うには、それぞれ決まった条件をクリアすることが必要である。現在報告されているのは以下の通り(顔などの詳細・居場所は不明)。①言葉を紙に書き、その紙を食べることで、自分の歯を一つ失う代わりに、書いた内容通りに一つ呪いをかけることができる個体。②家族が一人死ぬごとに一つ呪いをかけることが……』
以下、説明が続いている。
「最近、各地で出没情報が回ってるよな。死因不明の死体は全てその悪魔の仕業だとか。まあ、真偽は定かじゃないし、オカルト界隈だけの話だけど」
「注目してほしいのは①の悪魔ビトよ。出没情報は全部そいつのもの。そいつは自分を喰と呼んでる。見た目は一般の少年で、呪いが使えること以外はただの人間、でも卑劣な快楽殺人者……。知ってるわよね?」
櫻木は一息に語って息をついた。俺は彼女の勢いに少し圧倒される。
「知ってるが……櫻木も、かなり詳しいんだな」
すると、彼女は「いっぱい調べたから、当然」と吐き捨てた。
「だって私のお母さん、喰に殺されたもの」
暫しの静寂。放課後の教室、いつのまにか周りには誰もいなくなっていた。窓から差し込んでいた太陽の光が、厚い雲に隠されていく。
「……殺された?」
俺が裏返った声を出すと、櫻木は鋭い視線のまま「ええ」と言った。俺の心臓の鼓動は速くなり、耳の後ろでドッドッと大きな音を立てる。
「……マジ……? というか、喰って本当に実在するのか……?」
「オカルト好きの天崎くんが信じなくてどうするのよ。……で、そんな君に折り合ってお願いがあるんだけど」
櫻木はクッと顎を引き、俺を真正面から見つめる。
そして、静寂の池の中に錘を投げ込むみたいに、こう言った。
「殺したいの、そいつを。だから、協力してくれない?」
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