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今日は年末だけど相変わらず。
年の瀬。
今日は仕事納めの日だ。
今年こそは実家に帰ろうと思っていたけれど、取引先の都合で、三が日の変な日に一日だけ臨時の出勤が入ってしまった。
その分の代休はくれるって言うけれど、真ん中にぽこりと穴の開いた連休はもう取り返しがつかない。
お父さん、お母さん、親不孝な娘をお許しください。娘は都会で何とか元気にやっております。
まあそんなこともあります。お正月に仕事するのに何が仕事納めだ、なんて思わなくもないけど、世の中にはお正月のない人だってたくさんいる。
休めるだけでも、良しとしよう。
そんなこんなで今年最後の仕事を終えて、職場の人たちに挨拶をして会社を出た。
いつもは「お疲れさまでした」とか「お先に失礼します」なんていう挨拶をするわけだけど、今日だけはみんなお互いに「良いお年を」って言いながら別れる。
毎年のことだけど、それがちょっと特別で、明日からは連休っていうことと相まって、何だか年甲斐もなく心が浮き立つような特別な気分になる。
あっ、そうだ。
帰省するので行けないんです、ごめんなさいって言って断ってしまった、サワダさんとの初詣。まだ間に合うだろうか。
サワダさん、今年は帰省しないって言ってたもんな。連絡してみようかな。
ふふふ。
そんなことを考えて、ちょっとふわふわした私は、帰りにお店で目についた松飾りとちっちゃな門松を買ってしまった。
季節感のない私は、そんなもの今まで買ったことなかったのに。
松飾りは、いかにもアパートのドアに付けたらちょうどいいサイズ。
門松は、そもそも外に置く想定じゃない小ささ。うちのふこふこしたふたりにぴったりのサイズだ。
「ただいまー」
そう言ってドアを開けると、ちょうどとり電車が玄関先を通り過ぎるところだった。
普段はこんなところまで来ないんだけど、一昨日くらいから、年末特別ダイヤで運行範囲を拡大しているんだそうだ。
運行時間じゃなくて運行範囲なの?って聞いたらとりもねこも首を傾げていた。相変わらず中途半端な知識のけものたちだ。
本物の電車はそんな急に運行範囲が広がったりしません。
「ごとんごとんー」
たまに思い出したようにそんな音を口で出しながら、とりが二台の客車を引っ張って私の前を通り過ぎていく。
「おかえりー、マキー、おかえりー」
「しんじゅくー、つぎは、しんじゅくー。みたいな感じで言うのやめて」
一応抗議してみたけど、とりは素知らぬ顔でふこふこと通り過ぎていく。
今日はねこが乗ってない。どこかの駅で待っているんだろうか。
まあそんなことはどうでもよいのです。
靴を脱いで、バッグを下ろして、買い込んだもろもろを冷蔵庫に入れると、部屋着に着替える。
ああ、今日から自由だ。
私は生きてる。
何だかよく分からないけど、そんな風に感じる。
今日飲むお酒は、絶対においしい。
三日前に女友達同士でやったミニ忘年会のことを思い出しながら、私は思い切り伸びをした。
仲間と賑やかに飲むのもいいけど、一人でのんびり飲むのもいいよね。
買ってきたばかりのお酒は冷蔵庫で冷えているし。
いざ。
そう思ったけど、部屋の中が妙に静かなことに気付いた。
とり電鉄の音がしない。
見ると、とりとねこはふたりで私の放り出したビニール袋を覗き込んでいる。
「……どうしたの?」
そう訊いたけど、反応なし。
「彼氏かな」
「それにしては派手」
「いや、でもお似合いかも」
そんなことをふこふこと顔を寄せ合って話している。
「ちょっと、何言ってるの」
彼氏って。サワダさんはそんなに派手じゃないよ。そんなこと知ってるでしょうに。
「とりさん、これって木?」
「これは竹だろうね。あと松もくっついてるね」
「じゃあ、タケマツさん」
「いいね」
ん? タケマツさん?
誰?
私はふたりの後ろからビニール袋を覗き込む。
「もしかして、その門松のこと言ってるの?」
「カドマツ?」
ふたりはふこりと私を振り返る。
「カドマツっていうんだー」
「彼氏はカドマツさんって名前かー」
「おしゃれな名前ー」
「ふたりともさっきから、彼氏って誰の話よ」
「マリーちゃんに決まってるでしょ!」
「決まってるでしょ!」
ぬいぐるみに怒られた。
……えー。
ふたりはいそいそと門松をマリーゴールドのマリーちゃんの隣に並べる。
「うむ。お似合いだな」
「マキとサワダさんくらいお似合いだね」
「恥ずかしいからやめて」
満足そうに即席カップルを眺めるふたり。
勢いで買った門松、置くところを決めていなかったから、まあふたりが嬉しそうならそれで良しとしよう。
とりあえず飲む前に松飾りをドアに付けてこようと、私は立ち上がる。
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