明日はあれが来るらしい。

1/1
14人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ

明日はあれが来るらしい。

「明日、カンパさんが来るんだそうだ」  突然、とりがそんなことを言い出した。 「カンパさん?」  こたつのうえで踊っていたねこがさっそく反応する。 「誰それ。サワダさんじゃなくて?」 「そう。サワダさんじゃなくて」  とりは重々しくふっこりと頷く。 「来るのはカンパさんだ」  とりあえず、サワダさんは来ません。今度のデートは日曜日に遊園地に行くことになってるし。  もしサワダさんが来るならこんなに汚いままの部屋で、私が部屋着のまま寝転がってるわけないでしょ。  そんなことを考えながらスマホをいじっていると、とりがもったいぶって付け加えた。 「しかも、ただのカンパさんじゃない。最強のカンパさんだ」 「ええっ、さいきょうの!?」  ねこがぴこりと両腕を上げてびっくりしている。 「さいきょうって一番強い方? それとも埼玉と東京の方?」 「埼京線の方じゃない。最も強い方だよ」  とりが答える。 「ええっ、一番強いカンパさんが!」  ねこがまたぴこりと腕を上げる。 「それでカンパさんって誰?」 「カンパさんはカンパさんだ。他に名前はない」 「ほかに名前ないの!?」  何だ、この会話。  でもそこで私にもようやく分かった。  さっきからとりが言ってるのって、寒波のことだな。 「ああ、今季最強寒波ってやつね。天気予報で言ってたもんね」  私が言うと、とりはふこりと頷く。 「うむ、それだ」 「なにそれこわい」  ねこがすっかり怯えている。 「カンパさん、来たら何するの。家具とかぼっこぼっこにしてくの」 「家具とかはぼっこぼっこにしない」  とりは言った。 「水とかをばっきばっきにする」 「なにそれこわい」  うん。間違ってないけど、いろいろと言葉が足りない。 「カンパさんは意外とかわいそうなやつなんだ」  とりはこたつの隅によっこいしょ、と座ってそんなことを言う。 「台風には名前も番号もあるのに、カンパさんはただのカンパさんなんだ。今季最強なのにだぞ」 「こんきさいきょうなのに、名前がないの!?」  ねこは、ひゃー、と声を上げて驚いている。 「それって巨人の四番打者の名前が“チーム最強打者”みたいな感じ?」 「そうだ。国際マラソンの優勝候補の名前が“今回一番速く走るであろう男”みたいな感じだ」  なんだそれ。  スポーツ中継で得た知識がへんなところに生かされている。 「じゃあぼくたちで名前を付けてあげよう」  ねこの提案に、とりはふこりと頷く。 「そうだな。何がいいだろう」  ふたりは腕組みをしてしばらくうーん、と唸っていたが、やがて静かになったので私がスマホから顔を上げると、揃ってこっちを見ていた。  うっ、期待されている。 「えっと……さむお」 「それだ!」 「さむお! かっこいい!」  適当に言った名前が即決されてしまった。妙に恥ずかしい。 「楽しみになってきた! さむおが来るの!」 「そうだな。ばっきばきにしてもらう用の水も用意しよう」  寒波か。水道とか凍っちゃうのかな。ちょろちょろ出しとか、しといたほうがいいのかな。  はしゃぐふたりを横目に、私はスマホで「凍結予防」と検索する。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!