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今日は戦いが終わる。
今年のバレンタインデーは平日だった。
私もサワダさんも割と仕事が詰まっていて、その日の夜にデートというわけにはいかなかった。
それでもチョコレートだけは当日に渡したくて、仕事終わりにサワダさんの会社の最寄り駅に駆け付け、何とか渡すことができた。
サワダさんは嬉しそうに受け取ってくれて、まだ仕事が残っているから、とその足で会社に戻っていった。
駅から見送る私に、サワダさんは何度も振り向いて見えなくなるまで手を振ってくれた。
やっぱり今日行ってよかった。
「ただいまー」
あったかい気持ちで帰ってくると、節分の鬼のお面にスーパーボールをぶつけて遊んでいたとりとねこがふこりと振り返った。
「おかえりー」
「りー」
ついに「り」しか言わなくなったか。
「スーパーシャイニングダイズ!」
ねこの必殺技で鬼のお面が向こうに吹っ飛んでいった。すごく輝く大豆って何だろう。
「やったー!」
「ふふふ。これで節分以来、我々の七十二勝十三敗だな」
そんなにやってるのか、飽きもせずに。
でも、わりと鬼に負けてるらしい。ちゃんと相手にもたまには勝たせてあげるところに、ふたりの優しさを感じるようなそうでもないような。
「そういえばマキ。さっきは何だかにやにやしながら帰って来たな」
目敏いとりがそんなことを言ってくる。
「サワダさんとの恋愛イベントが順調に進んでいるのか」
「ゲームみたいに言わないでよ」
私は荷物を下ろすと、バッグから小さな包みを取り出した。
「はい、これ」
差し出されたふたりは、お?という顔でふこふこと寄って来る。
「なんだなんだ」
「どうしたどうした」
私がこたつの上に置いた包みを、うさんくさそうに手羽先でちょんちょんとつついたりしている。
「変なものじゃないよ」
私は言った。
「プレゼントだよ」
ふたりはふこりと顔を見合わせる。
「何もない日にプレゼントとは」
「あれかな。ダイヤモンド」
ねこが目をきらきらさせる。
「テレビで見たよ。ダイヤモンドは何もない日にあげるものなんだよ」
そんなわけない。
おそろしいCMを真に受けるのはやめてください。
「ダイヤモンドにしては軟らかいな」
とりが手羽をふこりとくちばしに当てる。
「ダイヤモンドはこの世で一番硬い物質なんだぞ」
「そっかー。じゃあちがうねー」
ねこが包みをばしばしと叩く。やめなさい。
っていうか万が一ダイヤモンドを買ってきたとして、裸で紙に包むわけないでしょうに。
相変わらず中途半端な知識だな。
「開けてみてよ」
いつまでたっても開けそうにないのでそう言って促すと、ふたりはようやく包み紙をばりばりと剥がし始めた。
「あっ」
とりが適当に破いた紙から中身を引っ張り出す。
「ハンドタオルだ」
ねこもふこりと手を突っ込んでタオルをもう一枚取り出す。
お揃いの、茶色のハンドタオル。
「ふかふかだね!」
「今日はバレンタインデーだから。ふたりともチョコは食べられないから、代わりにチョコレート色のハンドタオルにしたのよ。お尻の下にでも敷いて」
「バレンタインデー!」
とりがぴこりと手羽を上げる。
「しまった! もうそんな時期だったのか!」
「バレンタインデーって何?」
「バレンタインデーとは、節分の後におとずれる恋愛イベントの日のことだ」
とりのざっくりとした説明に、ねこもぴこりと腕を上げた。
「ええっ、じゃあ節分は!?」
「どうやら我々が鬼と戦っているうちに、いつの間にか終わっていたようだ」
「終わっちゃったの!?」
ねこは、うひゃーと声を上げる。
「ということはぼくらと鬼との戦いも……」
「うむ。今日をもって終了だ」
「なんてことだ」
ふたりががっくりと肩を落とす。
いったい節分を何だと思ってるんだろう。
落ち込んでいるふたりは放っておくことにして、私は私で荷物を整理したり着替えたりして、それからふと見ると、もうふたりともこたつの上で自分たちのお尻にタオルを敷いて並んで座っていた。
「ふかふかだね、とりさん」
「ああ、ふかふかだな、ねこくん」
ふたりで顔を見合わせてうふふふふ、と笑っている。さっきまでの落ち込みはもう微塵も感じない。
切り替えの早いけものたちだ。私も見習いたい。
「マキ、ありがとう」
「がとー」
「いいえー」
私は床に転がっていた鬼のお面を拾って、「お疲れ様」と声を掛けてからゴミ箱にそっと入れた。
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