今日は贈り物をする。

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今日は贈り物をする。

 バレンタインデーと同じく、今年はホワイトデーも平日だった。  私とサワダさんはやっぱりそれぞれに忙しくて、その日の夜にデートなんてとてもじゃないけどできなかった。  仕方ないよね。  私たちだけじゃない。年度末はどこの会社も忙しいのだ。  じゃあ四月になったら楽になるのかっていうと、今度は新年度の業務でてんやわんやになるのが目に見えている。  一息付けるのは、きっとゴールデンウィークあたり。  昔の人はきっとそれを見越してこの時期に連休を設定してくれたんだろうな、なんてズレたことを考えてしまう程度には私も疲れていた。  その日、どうにか仕事を終えて家に帰ってきたのは夜の九時過ぎ。これでもいつもに比べたらずいぶん早いくらいだ。昨日は終電近かった。 「ただいまー……」  家のドアを開けると、とりとねこは私がバレンタインにあげたハンドタオルの上に乗って遊んでいた。  家の主が帰ってきたのに、お構いなしにふたりできゃっきゃしている。  お雛様たちが実家に帰ってからちょっとたるんでるな。 「ふこざわさん、どうしたんですか」  と、ねこがとりに言う。ふこざわさん? 「やだなあ、今日が何の日か忘れてしまったのかい、ふこみさん」  とりがねこに言う。ふこみさん? 「え? 今日? ……あ、そういえば!」  ねこがぴこりと腕を上げる。どうやらねこはふこみさんらしい。 「ホワイトデー!」 「ふふふ、そうなんですよ」  ふこざわさんらしきとりが、もったいぶった感じで小さな箱を差し出す。 「これ。チョコのお返し」 「ええっ、ダイヤモンドですか?」  ふこみさん、いきなり求めすぎだろう。 「やだなあ、ふこみさん。ダイヤモンドは何もない日に贈るものですよ」 「そういえばそうでした。わたしったら」  だからその認識を改めなさいって。変なCMに毒され過ぎ。 「ああっ、これは!」  ぱかりと箱を開けたねこがびっくりした声を上げる。 「ビー玉!」  中にはとり電鉄の常連客のビー玉さんが入っていた。 「ありがとう、ふこざわさん! 大事にするね!」 「ああ。大事にしておくれ」 「……何やってるの」  一区切りつきそうだったので、口を挟んでみた。 「あ、マキだー。おかえりー」  ねこが言う。 「ホワイトデーごっこに決まってるだろう」  とりが胸を張る。 「ぼくらは常に時勢を読んだ遊びを取り入れている」 「はあ」 「そういえば、暗くなってから郵便屋さんか誰かが来ていたぞ」 「えっ」  とりに指差され、私は郵便受けを覗きに行く。今日は疲れていて、確認するのを忘れていた。  郵便受けにポスティングのチラシと一緒に入っていたのは、宅配便の不在伝票だった。  差出人は、サワダさん。  その名前を見ると、胸がぎゅっとなる。  時間を見ると、まだぎりぎり再配達が間に合いそう。  宅配便の人も、こんな遅くまで働いてるのか。ご苦労様です。  だめもとで電話してみたら、すぐに届けに来てくれた。 「ありがとうございます。遅くにすみません」  お礼を言って荷物を受け取る。 「また本社の支援物資かー」  とりがふこふこと寄ってきたが、私は「ちがいます」と言って荷物をテーブルに置く。  冷凍品だ。冷たい。  開けてみると、中に入っていたのは私でも名前を知っている有名なお店のマカロンだった。  うわ、これすごく高いやつだ。 「お菓子だー」 「お菓子かー」  なぜか残念そうなとりとねこ。 「ダイヤモンドかと思ったのになー」 「なかなかダイヤモンド送ってこないね、サワダさん」 「バカなこと言わないで」  ダイヤを何だと思ってるの。  いや、これはすごいことなんだってば。  高いだけじゃなくて、なかなか買えないやつだもの、これ。  サワダさん、まだ仕事中かな。  私はお礼のメッセージを送ろうとスマホを手に取る。 「マキ。メッセージカードが付いてるぞー」  目敏いとりが箱からふこりとカードを持ち上げる。 「えーと、なになに、マキちゃん……」 「ぎゃああ、何で読むの!!」  慌ててカードを取り上げて、内容を確認する。  丁寧に書かれたサワダさんの文字。  優しい文章がまるで、疲れた心に染み込んでいくかのようだった。  私の顔を見上げていたとりとねこは、くすくすと笑いながら離れていくと、またふたりで遊び始めた。  私はメッセージを読み返してから、お礼を伝えるためにもう一度スマホを手に取った。
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