呪いの人形はもう壊れられない

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■  私のことをアリスと呼んでくれていた愛すべき少女は幼くして亡くなった。  どう亡くなったかを教えてくれる親切な大人なんていない。  人形に話しかけてくれるのは子供だけだからだ。  それは今から百年くらい昔、昔のこと、今までに持ち主は何人も変わってきた。私はロッティだとかシンディーだとか色々な名を与えられた。  そして必ず、少女は幼くして亡くなってしまった。  いつしか大人たちは私のことを名前ではなくて「呪いの人形」と呼ぶようになっていった。  元々、私は精巧で高価な人形として大事にされてきていた。  面白いのは、呪われているといわれるうちに、私はもっと貴重で高価なものとして手厚くショーケースに飾られ、人目に触れるようになったこと。  面白くないのは、私のことをだれも名前では呼んでくれないこと。  おままごとが恋しい。  少女たちが恋しい。  この孤独を、誰かに救ってほしい。  私は呪いの人形、ダメとわかっていても次の持ち主と出会うその時を待ち焦がれている。  転機が訪れたのは、そう、白いワンピースの似合う素敵な少女がやってきた時だ。  私のことを一目見て「この子をちょうだい」と指差したのだ。  店員は、それを冗談だろうとはじめいかに高価であるかをやさしく言い聞かせたが、じきに少女には大金を支払えるのだとわかると今度は親切心からか、こう言うのだ。 「これは呪いの人形でね、この子を贈られた女の子はみんな不幸な死を遂げてしまったんだよ」 「それは素敵だわ」 「どうして?」 「だってこのお人形さんは“特別”だってことでしょ? それに贈られるんじゃなくて、買うの」  白いワンピースの少女はどうしても買いたいといい、譲らない。  とうとう店員も折れて、私のことを売ることにした。  ショーケースから取り出されて、丁寧に梱包される私のことを少女は愛しげに見つめる。 「よろしくね」  可憐だ。  彼女こそ、この孤独な呪いの人形を愛してくれるのだろうか。  開封された私の居場所は、どこかの大きな屋敷の一室であろう豪奢な子供部屋だった。  天蓋つきのベッドがある子供部屋の一角に、私の居場所として棚があった。  その棚には何体も、何体も、何体も。  私と同じような少女を模した人形が丁寧に並べられていた。  物言わぬ人形を、呪いの人形である私が“不気味だ”なんて思うのは滑稽だろうか。  どれもこれも精巧に作られていて、美しくて、愛くるしくて。  まるで、“私だらけ”だ。  人間は、仲間や友達がいれば、寂しくないというけれど、私はどうやら違うようだ。  かえって、今はショーケースの中に閉ざされていた時より、薄ら寒く、孤独をおぼえる。 「私のお人形さんたち、こんばんわ」  白いワンピースの少女は恭しく頭を下げて、微笑みかけてくれた。 「貴方たちは呪いのお人形さん、素敵なお人形さん」  あどけなく。  誕生日の挨拶のように少女は言葉する。 「ようやく十一体の呪いのお人形を揃えることができたの。ようやく今夜のとても素敵なパーティを開くことができるわ。呪いの人形同士、みんなで話し合ってほしいの。だれが私のお友達に一番ふさわしいか、て」  少女は無邪気そうに笑った。  あるいは、私たち人形そっくりに静かに冷たく微笑みかけた。 「うん、もういいよ、はじめちゃっても」  ぽふっとベッドに腰掛ける少女。  それが合図だった。  呪いの人形は、私たちは一斉に少女の見ている前で“おはなし”をはじめた。  呪い、呪われる。  倫敦人形は髪が伸びて、隣の人形の足首を追った。隣の人形は、針金を巻きつけて仏蘭西人形の手首を縛った。仏蘭西人形に睨まれたくるみ割り人形はじゅくじゅくと紫色の泡を吹いて溶ける。  凄惨な光景だった。  それを眺めて、少女は夢見心地のまなざしだった。  私は呪いの人形だ。  私は、またいつか名前を呼んでもらいたかった。  私は、けれど、だけど。 「あーあ、終わっちゃったね」  気づけば、おとなしく座っているだけで何もしなかった私だけが残っていた。  呪いの人形なのに、何一つ呪いを示すことができなかった。 「あのね、蠱毒、といってね、こうやって最後に残ったモノはとても素晴らしいものになるんだよ」  少女は残念そうに言った。 「けど、そっか。あなたは呪いの人形には見えないや。失敗しちゃったのかな。ねえ、どうする?」  私は、少女を見つめることしかできなかった。  呪いの人形だとしても、なにせ、人形なのだ。手も足も動きはしない、しゃべることもできない。  もししゃべることができるとしたら、それは少女が言葉をくれた時だ。 『わたし、アリス。また会えたね』  私だ。  私ではないけれど、少女は、私にアリスと喋らせた。 「アリス! やっぱりあなたがアリスだったのね! うれしいわ!」  私は驚いた。  私のことをアリスと呼んでくれたのは、百年以上も昔に亡くなったあの子だけなのに。  どうして。  なぜ。  そう不思議がっているうちに、少女はとても嬉しげに語ってみせた。 「私ね、死んでしまう前に神様に願ったのよ。“どんなことがあっても”またアリスが私のお友達になってくれますように”ってね」  私はようやく理解した。  私をロッティーと呼んだ少女が亡くなったのは、私をシンディーと呼んだ少女が亡くなったのは、そういうことだったんだ。 「私のアリス、私だけのアリス、ロッティーでもシンディーでもない、あなたはアリス……」  私は呪いの人形だったのではない。  私は呪われた人形だったのだ。 「もうさびしくないね、アリス。私たち、ずっと一緒だよ」  私は今更、気づいた。  彼女たちは醜く殺し合っていたんじゃなくて、みんなで早く壊れられるよう助け合っていたと。 『うん、アリス、ずっといっしょ』  壊れた呪いの人形たちが、微笑っている。  もう、(はな)れられないね、と。
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