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休日だったけれど、学校内には入ることができた。ひと気のない校舎を歩くのは変な感じがした。それでも、気持ちは妙に清々しかった。
美術室を訪れる。
青い絵が早苗を待っていた。
早苗が〈逃避行〉と名付けた、青鷲と青年の絵。早苗は白い絵の具を水で溶くと、刷毛に付けてカンバスに振り下ろした。
白い絵の具が線を引く。青鷲を塗り潰し、ガニメデを塗り潰し、大空を白で塗り潰した。何度も何度も刷毛を滑らせると、カンバスは初めと同じ真っ白な姿に戻った。
複製画の勉強をしてようやく、早苗は自分の本当の気持ちに気が付いた。
早苗はあの絵がほしいと思った。けれど、それはあの絵を手に入れたかったのではない。あの絵が自分の作品でないことが堪らなくつらかった――言うなれば彼女は、あの絵のように素晴らしい作品を自分の手で描きたいと思ったのだ。
「あれっ、早苗っ?」
振り返ると、美術部員のひとりが美術室に入ってくるところだった。彼女は悲鳴を上げて真っ白なカンバスを見た。
「うそ! あの絵、消しちゃったの?」
「うん」
顔に散った白い飛沫を拭いながら、早苗は力強く頷いた。
「いいの。あたしは、あたしの絵を描くから」
美術部員は首を傾げていたけれど。すでに早苗は袖を捲り直し、カンバスへと向き合っていた。
心の奥底から、イメージが溢れ出してくる。
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