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「これ、早苗が描いたの? すごーい!」
美術部の友人たちが歓声を上げる。清瀬早苗は捲った袖を戻しながら、得意になる気持ちを押し隠して言った。
「まあ、ね」
それから、聞かれてもいないのにこう語る。
「春休みに家族でイタリアに行ってさ。沢山フレスコ画を見てきたから、インスピレーションが湧いちゃったんだよね」
「そうなんだぁー。本物みたいだねー」
賞賛の声には、疑いなんて微塵も含まれていない。
ここは放課後の美術室。早苗を含む数人の美術部員たちの前には、一枚のカンバスが立て掛けられていた。
印象的な青の絵だ。青空のような背景に、大きく羽ばたいた青鷲と、彼の翼に掴まるようにしてぶら下がっている中性的な人物が描かれている。上方へと靡く金髪や柔らかな輪郭は女性のようだが、乳房はなく、逞しい足の筋肉は間違いなく男性のものだ。
その絵はルネサンス期の絵画の特徴を見事に写し取っていた。フレスコ画のようなしっとりした粗い質感を巧みに水彩で表現している。一目見ただけでは、これを一介の女子高校生が描いたなんて到底思えないだろう。
「タイトルは? 決まってるの?」
早苗は苦笑しながら頭を掻いた。
「それが、まだちょっと悩んでるんだ」
するとひとりが熱心に言う。
「西田先生はきっとこの作品を大会に出そうって言うと思う。その時までには決めといたほうがいいよ」
「そうだね。考えとく」
早苗は照れくさそうに答えた。
部員たちは尚も早苗の作品がいかに素晴らしいかを褒め称えた。鷲の翼の陰影や、写実的に描かれた筋肉などは、同じ高校生の目から見てもやはり一線を画すものだったのだ。
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