あの子の声が聞こえた

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あの子の声が聞こえた

 ハッとして振り向くと、そこには相棒の剣士がいた。  彼じゃない⋯。  でも確かに聞いた。  私は彼女の声を⋯。  今はギルドで受けた双つ首の蛇を倒しに行く途中。  前に進むしかないのに、彼女の声が私の後ろ髪を引く。  苦難の旅で出会った彼女は、私にとって必要な存在だ。  もしも今の声が魔力の音波によるものならば、私はただちに彼女を救いに行かなければならない。  もしも、だなんて、魔法使いたる私がそれを魔力と分からないのは未熟な証だ。  彼女はいつも、いつだって、はっきりと主張しない。  過去にも複数の彼女に似た娘と出会ってきた。  そのたびに私はそれらをもてなし、お酒を飲みながら酔いに任せて語らった。  魔法使いとして、私に娘たちは必要だった。  無骨な男では味わえない柔らかさと繊細さを持ち、毎日愛でてやらないとすぐに悲しそうな顔をする。  娘たちは私に魔力と歓びを与えてくれる。相棒の剣士は、仕事柄一緒にいるが、私に頼るばかりで何も与えてはくれない。 今、聞こえたんだ、あの子の声が。  双つ首の蛇の討伐より、私はあの子を助けに行きたい。 きっと寂しいんだろう。 息苦しくてつらいんだろう。  だから私は相棒に告げた。 「ごめん。報酬はあんた一人でもらっていいから、一人で討伐行ってくれる? どうせ中級クエストだし、今のあんたなら余裕でこなせるわ」  相棒は真面目な顔で、「具合が悪いのか?」と聞いてきた。 そうじゃないけど、理由は話せない。  まさか夜のお供にしている娘を救うためだなんて、“キューティーキャット”の通り名で知られる私のイメージが壊れかねないからね。 それでも、彼女は私の大切で愛おしい夜の相手。 蔑ろにしていいわけがない! 「ごめん。ちょっと今日は体調悪くて、魔力が抜けてっちゃう感じなの。討伐に行っても足手まといになるだけだし、報酬をもらうわけにはいかない。この感覚は、剣士のあんたには分からないよ。今度ちゃんと埋め合わせするから。上級クエストあったら予約入れといて。聖書の森とかいいかもね。でも、とりあえず今日はごめんっ」  相棒は私を気遣ったが、この男が私を抱きたいことは知っている。  女の魔法使いにとって、男と交わることは魔力に濁りを与えることだ。魔法使いは純潔でなければいけない。もちろん、闇魔法使いとして魔力を振るうなら、男と交わった方がいいのだが、私はそれを望まない。  相棒とは持ちつ持たれつ、つかず離れずの関係で、夜のお供は娘たちと決めている。 じゃあ、よろしく。と言って私は駆け出した。 確かに聞いたあの子の声。 悲痛さを伴うその声に向かって。  家の前に着くと、私は勢いよく扉を開けた。  急いで台所の下から、大ぶりな壺を取り出す。 今すぐ助けないと⋯。 私は壺の中の“糠”をかき混ぜた。    糠に呼吸をさせてやりながら、手探りで彼女を探す。 いた!  糠から取り出した彼女は、息も絶え絶えにぐったりしていた。  そのまま、少しずつ糠を落とし、指先を一口いただく。  瞬間、麻薬のような酔いと幸福感に包まれた。 彼女はマンドラゴラ。 人の形をした毒性の強い植物。  でも糠につけてやれば、毒素が抜けて程よい酩酊を与えてくれる。  夜のお供には最適だ。  嫌なことを忘れられる。  滅多に手に入らない娘だが、古漬けになってしまうとえぐみが出ちゃう。  この子は今夜、私が大切に愛しながらいただこう。  近いうちにギルドのクエストで聖書の森へ行きたいものだ。  あそこにはまだ見ぬ別の娘が眠っている。  相棒には魔法石の素になると偽り、毎回マンドラゴラ採取を手伝ってもらっていた。  彼は気味悪がるが、こんなにかわいくて美味しい娘がいるものか。  魔法使い秘伝の糠漬けは、他の者には教えない。  それが私たち魔法使いにとって、暗黙のルールなのだ。 end.
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