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初ライブ
「みなさん、こんばんは。そして、はじめまして。リンジーのリヒトです」
八百人入ると聞いているフロアにぎゅうぎゅう詰めで立っているファンのみんなが、僕の声に答えるようにペンライトを振ってくれる。
僕のメンバーカラーの橙色のペンライトと、相方のメンバーカラーの藍色のペンライト。同じくらいの数の光がユラユラ揺れる様を見ていたら、目頭が熱くなってきた。
「リンジー結成から三ヶ月。みなさんは僕らのチャンネルで今日までの日々を見てくれていたと思います。今日、こうやって初めてファンのみなさんの前に立てて、本当に嬉しいです」
リンジーを結成してすぐ、事務所の社長はリンジーのチャンネルを作った。そして、レッスン風景やミーティングの様子、休憩時間の姿など、定期的に配信してきた。
リンジーのチャンネルを見てくれる人は徐々に増え、初ライブが決定するとチケットはすぐに売り切れたのだと教えられた。
まだまだ人気アイドルには程遠いけれど、三ヶ月前の自分を思ったら、こんなにたくさんの人の声援を受ける身になるなんて想像すらしていなかったし、今もなんだか夢を見ているみたいでフワフワしている。
僕自身には人を魅了する力なんてないけれど、プロデュース力の優れた社長と、ユニットの相方の持つ魅力が、目の前の光景を生み出しているのだろうな。
「ほら、僕らの初ライブなんだから、ジンくんもご挨拶して」
左隣に立つ相方の方を見ながら言うと、僕の言葉を聞いたファンのみんなの歓声がやんだ。みんな、ジンくんの言葉を待っているのだろう。
「え……あぁ……ジンです」
気怠そうに口を開いたユニットの相方は、そうボソリと呟いて、また置物のように立ち尽くしてしまった。
この三ヶ月、チャンネルを見てくれていたファンのみんなならジンくんの性格は分かってくれていると思うけれど、ファンを目の前にしても一ミリのサービスもないのかと呆れているのか、会場は静まり返ったままだ。
流石にこれはマズいのではないかと、冷や汗が浮かんでくる。
「他に言うことはないの?」
「んー……リヒトくん、今日の晩飯はなに?」
焦って、何でもいいからファンにメッセージをしてくれ、と目で訴えながらジンくんに聞いたら、とんちんかんな答えが返ってきた。
西都出身の僕と北都出身のジンくんは、ここ東都でリンジーを結成してから、社長が用意してくれた部屋で一緒に暮らしている。生きてるだけで疲れるらしいジンくんは、レッスンが終わって部屋に戻ると全く動かなくなってしまうので、僕がご飯を作っている。料理をするのは元から好きだったので、苦ではない。
「いやいや、まだライブ始まったばっかだから。晩ご飯の話はライブ後の楽屋でしようね」
「じゃあ、言うことない」
「もぉ、今日は僕らの初ライブで、結成から三ヶ月間を見守ってくれていたファンのみんなへの僕らの成長の発表の場なんだから、感謝の言葉とか、意気込みとかないの?」
「別に……。言われた通りに歌って踊るだけだし」
何事にも興味がない様子でぼーっと生きているジンくんだけど、見本があるものだったら、それを完璧にコピーすることができるので、歌とダンスはめちゃくちゃ上手い。
一回で歌もダンスも自分のものにしてしまうジンくんに比べて、僕は何度も反復しないと自分のものにすることができない。
猫科の動物から進化した僕達には、猫耳と尻尾が生えている。単色の純血は上位種と呼ばれ、二色以上の混血は下位種と呼ばれている。
上位種の中でもランクがあり、下から、黒、茶、金、銀、の順で、白が最上位種だ。
僕は最上位種であるはずの白耳だけど、銀耳の社長にも、黒耳のジンくんにも劣っている。僕の耳が白以外だったら、社長にスカウトされることもなかっただろう。
「ねぇ、リヒトくん、今日はアレが食べたい。ほら、この前作ってくれた赤い麺」
「ちょっ……ジンくん、まだその話するの? 今日は初ライブ記念に社長が美味しいステーキを食べさせてくれるって言ってたから、トマトソースのパスタはまた今度ね」
記念すべき初ライブの場だというのに、己の不甲斐なさに沈みそうになっていた気持ちは、ジンくんの空気の読めない発言のフォローで切り替えざるを得なくなった。
「ステーキか……」
そう呟いたジンくんは、なんだか嬉しそうだ。食にも興味がない様子のジンくんは、与えられたら何でも食べる。ただ、たまに社長が連れて行ってくれるご飯屋さんはお値段が高いだけあって舌がとろけるような料理ばかりなので、流石のジンくんも美味しいと感じているようだ。
僕が作った料理を食べるジンくんは、いつも無表情だ。味などどうでもよく、生命活動を維持するために食べているのだろうな。
あぁ、初ライブなのに、また気持ちが沈んでいってしまう。
「ジン、ステーキ好きなの?」
「別に」
こんな気持ちになっていちゃだめだ、と気持ちを切り替えようと深呼吸をしていると、ファンの一人が投げかけてきた質問に、ジンくんが答えた。
「じゃあ、何が好きなの?」
「特にないけど、リヒトくんの作ったのはなんでも旨い」
あのジンくんがファンと会話している、と驚愕しながら眺めていると、続いて投げかけられた質問にも答えたではないか。
ジンくんの答えを聞いたファンのみんなが一斉に歓声をあげたため、ジンくんは耳を塞いで不快そうに眉を寄せた。
いやいや、そんな表情をファンのみんなにしちゃだめだろう。ジンくんを諌めなきゃいけないのに、ジンくんの言ったことが嬉しくて言葉が出てこない。
「ジンくんが食べたいものはなんでも作ってあげるから、今はライブに集中しよ」
「分かった……」
浮かれてしまっている自分にも言い聞かせるように言うと、ジンくんもアイドルモードになってくれた。
「では、最初の曲は僕らのデビュー曲です」
デビュー曲を皮切りに、リンジーの初ライブが始まった。
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