アーサー王と茶をしばく

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アーサー王と茶をしばく

 時代は6世紀。  人類を滅ぼそうと大軍を組み、突如襲ってきた魔族との戦争。  人類側は、聖剣エクスカリバーを手にした伝説のアーサー・ペンドラゴン……通称アーサー王のもとに集い、魔族と戦った。  アーサー王配下のうち、戦力の中心となったのがいわゆる円卓の騎士たちである。  円卓とは、ログレスの都にあるアーサー王の居城・キャメロット城に置いてある円卓のこと。そこに王とともに座ることを許された騎士たちこそが王の信頼を勝ち取った「円卓の騎士」と呼ばれた。  アーサー王と円卓の騎士の活躍により、人と魔族、それぞれの存亡をかけた戦い――世に言う100年戦争――は人類側の勝利で終わった。  人々はアーサー王と騎士たちを()めたたえ、人類の英雄として未来永劫この功績を忘れないことを誓った。  この物語の始まりは、それから半年と4日後のことである。 「戦争もようやく終わり、世界に平和がもたらされようとしている。どうだ、君も家庭を持たないか」  パーシヴァルは「は?」と言った。  数秒前までアーサー王の話は戦争がテーマだったはず。  それが今、突然“結婚のススメ”になった。  近所のおばちゃんがさりげなく「パーシヴァルちゃん、あたしの従妹に可愛い娘がいるんだけどお見合いどう?」みたいに勧めてくるのと同じレベルの導入である。  パーシヴァルは己が忠誠を誓う王をジト目で睨んでしまった。  パーシヴァルはアーサー王の下で魔族との戦争を繰り広げた人間側の総大将であり、アーサーから伝説の聖槍ロンゴミニアドを(たまわ)った偉大な聖騎士である。  年齢は24。戦争の指揮を採る日々で月日はあっという間に過ぎ、気付けば適齢期。  金髪の髪を撫でつけ、ターコイズブルーの瞳の輝きは誰よりも強い。イケメンかつアーサー王の信頼厚い彼に嫁の希望がないわけがない。  というわけで今日、キャメロット城のバルコニーで茶と菓子を挟みながら、こういう話題に至ったのである。 「結婚ですか」  パーシヴァルはジト目を直さないままアーサー王に問う。 「パーシー、そんなに警戒しないでくれよ」  アーサー王はへらりと笑って頭を掻いた。伝説の王は縁談を勧める際にはひたすら下手に出る。  王いわく、魔族から人間世界を守るためだったとはいえ、パーシヴァルを戦に駆り立てていた負い目を感じていた、と。  苦笑いを伴いながら、そんなふうに話を切り出された。 「君にもいろいろ苦労かけたしさ。ここらで可愛い奥さんもらって、家庭を持つのもいいと思うよ? いちおキャメロンからはお祝い金とか育児休暇とか出すし」  ようやくジト目を解除したパーシヴァルは考えた。  確かに24ともなれば父親になっていてもおかしくはない年齢ではある。実際、自分の部下である騎士隊の隊員たちはすでに結婚して妻を(めと)り、子を持つ人間も多い。  アーサーも美しい王妃を得ている。  自分もそろそろ身を固める決意をしてもいいのかもしれない。  だが、とパーシヴァルは思った。  ()()()()()()()()() 「王よ」 「はいはい」 「確かに戦争は過酷なものではありましたが、ある意味満ち足りた日々でもありました。魔族から人々を守る戦いは、私に自分自身の価値を見出させました。その上で申し上げます。  結婚とは、私の考えではよき嫁をもらって子どもを育てる………つまりは平穏な生活を至上のものとする行いだと思っております」 「間違いではないよ、パーシー」 「ですが俺にとってその生活はつまらないと思います」  パーシヴァルははっきり言った。 「結婚において血沸き肉躍る戦いは発生いたしますでしょうか。皮膚がひりつく相手との邂逅はございましょうか。俺の筋肉はとめどなく成長することが叶いますでしょうか」 「いやお前、結婚をなんだと思ってんの?」  アーサー王は鋭くツッコんだ後しばし黙った。そしてため息を吐く。 「―――パーシヴァル、敢えて聞くが、やっぱり『スリルがない』って言いたいわけ?」 「はい」  そう、薄々王は分かっていたのだ。  パーシヴァルは忠誠心、人を思いやる性格、顔、全て良しの男だった。しかも強い。  今のところ人類でもっとも強い聖騎士である。いわゆる優良物件なのだ。  だが、しかし。  ものすごく()()()()()()()だった。  日々に刺激がないと物足りない。  それによって己を鍛え、新たな成長の場を得ることを最高の喜びとする。  まあ確かに、通常メンタルの男が対魔族との全面戦争に際して将軍として立つことなど務まるわけがないのだ。  平時の男と有時の男という分類で言えば、パーシヴァルは明らかに後者の男だった。  ちなみに、アーサー王の相談役でもあり右腕でもある魔術師マーリンは「ただの脳筋でしょ」とよく言っている。 「まあ…その、ね。お前ならそういうかもしれないとは思った。思ったが、もう世界は平和になってしまったからこれからは刺激的なことは滅多に起きないんだよ。それにお前の存在は人間世界の支えでもある。子をなして血を脈々と受け継いでいくのもまた人類にとっての貢献なんだからさ」  それっぽい説明をしてパーシヴァルを説得しようとしてみるが、イケメン聖騎士は考えるそぶりすら見せず、首も縦に振ろうとはしなかった。 「ではせめて、刺激的な結婚をしたいと存じます」 「誰と結婚すりゃパーシーが納得できる『刺激的な結婚』になるの?」 「魔王でしょうか」 「それはお前とランスロットが見事なファインプレイで退治しちまっただろーが」  そもそも魔王と結婚生活を営むことができるんだったら最初から戦争なんかしていないはずだ。アーサー王はテーブルに突っ伏した。 「パーシー……。どうしても普通の生活はしたくないっていうわけ?」 「そうですね。正直に言うとそうなります、陛下」  伝説の王も困ってしまったので、その場ではいったん結婚の話を取り下げた。 「ちょっと城の魔術師たちにも相談してみる」と言ってパーシヴァルを下がらせた。  ◇ 「……ということなのだ、マーリン。どうしよう」 「やっぱり脳筋でしたな。でしたら人間がいない遥か昔の時代に送ればいいんじゃないですか。自分以外みんな違う生き物ですから刺激に満ちた生活が送れると思います。あいつなら生きられるでしょう脳筋だし」 「ちょっと発想が突飛すぎる気もするけど!? そ、んなことができるのか、マーリン!?」 「ええ、なんとか」  マーリンの部屋は書物とお菓子と謎の瓶が散乱していて床がかさ増しされている。片づけるという行為を知らないのかもしれない。  当の魔術師は浮かんでいるので問題ないのだが、主であるはずのアーサー王は自分のマントの裾が飲みかけのジュースで汚れないかをひたすら気にしていた。 「そんな大それたことができるのならば魔族との百年戦争ももっと早くカタを付けることができたのではないだろうか!? か!?!?」 「それはそれ、これはこれですよ陛下」  ウェーブした黒髪と無駄に第三ボタンまで開かれたシャツから垣間見える胸毛。彫りの深い希代の魔術師は蠱惑的(こわくてき)な笑みを浮かべて自身が仕える王をけむに巻こうとした。
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