しゃべる槍

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しゃべる槍

 それから1週間後。  城の最上階の大広間にて、マーリンによる大召喚陣が描かれた。  左右対称の不可思議な紋章は、白い線の部分から僅かに紫色の光を放っている。  本日の主役、聖騎士パーシヴァルは右手に伝説の槍ロンゴミニアドを、左手に『これで解決!原始時代生活百科事典』を手にして現れた。  パーシヴァルは興奮気味にマーリンに話しかける。 「マーリン殿! この空飛ぶ怪獣は本当にいるのですか!?」 「それは翼竜の一種、プテラノドンです。これからあなたの行く時代にはわんさかいますよ。食べてみてはどうですか」  マーリンは耳をほじりながら適当に応対した。 「なんという……。こんな刺激的な生き物たちのいる時代で生活することができるのか。いや、魔物を退治してよかったな! ロン」  “ロン”というのは、聖槍ロンゴミニアドの愛称である。「ロンの槍」「ロンギヌスの槍」と呼ばれることもある。 (まあ俺とパーシーがいれば恐竜だろうが大魔王だろうが一撃で仕留められるな) 「!? おい、この槍(しゃべ)るのか!?」  ロンゴミニアドの声を初めて聞いたマーリンは驚いて槍を見る。  (つか)に刻まれている顔がにょろりと動き、魔術師に(つば)を吐いた。 (俺は伝説の槍だぞ? 喋るくらい造作(ぞうさ)もないわ。パーシーのこと脳筋呼ばわりしおって) 5ebcae38-e7b4-4187-8f0f-8644bd503332  マーリンの悪口は全部筒抜(つつぬ)けだった。 「ロン! マーリン殿を悪く言うでない。さて、マーリン殿。私は出発の準備はできている。いつでも大丈夫だ」  パーシヴァルの意識の切り替えは早かった。  マーリンはほっとため息を吐き、それっぽい顔になって説明を始めた。 「この召喚陣は誰かを呼び寄せるだけでなく、この陣に入ったものをはるか遠い地に送り出すことが可能だ。もちろん時空を超えることもできる。ただし、一歩間違えば死ぬ可能性もある。覚悟はいいか、英雄パーシヴァル」 「私が死を恐れることはない。恐れるのは己の心を偽るそのときだけだ」 「では新たな世界へと旅立つが良い」  マーリンがトネリコで作られた杖を魔法陣に向ける。  横に立って様子を見守っていたアーサー王はわずかに心配そうな表情を見せるも、パーシヴァルを信頼しているようだった。  自ら近づき、肩を叩く。 「パーシー。我が臣下にしてもっとも信頼のできる友よ。どうかまた会えるその日を待っている」 「もちろんでございます陛下。必ずや向こうの生活で手に入れた叡智(えいち)を陛下にお伝えすべく戻ってくることを誓います」 「うん。かわいい動物とか、おいしい食べ物があったら教えてね」  アーサー王は(いつく)しみの表情で頷いた。  それを見ていたマーリンは「あ、」と声を出す。 「言うのを忘れていたが、再び魔族がアーサーの国に襲い掛かってくることになったら即座にお前を呼び戻す。いいな」 「はい。そのときは再びロンゴミニアドを手に先陣切って戦いましょう」 (ちょっとパーシーのこと働かせすぎじゃない? 三六協定結んでる?) 「よし、約束を違えるなよ。ではいってらっしゃい」  最後のほうはかなり雑な対応になっていたが、マーリンとアーサー王はそうしてパーシヴァルを異世界へと送り出した。  ◇  そこは壮大な自然に囲まれた世界だった。  いや、厳密に言えば自然しかない。  すぐそばには森が広がり、遠くを見渡せば青い海。  パーシヴァルがいる草原には本人と同じ背丈(せたけ)の木が点々と生えており、赤く丸い実をつけているものや青く細長い果実をぶら下げているものもあった。  だが、いずれもログレスの国では見かけたことのない植物ばかりだ。 「マーリン殿は原始の時代だと言っていたな。つまり、人工物は一切存在しないということか」 (全部自分で作るしかないわなあ。ほんとパーシーは酔狂(すいきょう)だよな) 「何を言うか。お前と私がいればできないことなどない。それに、これまでは衣食住全てアーサー王から頂いていたが、これからは自分たちの手で得ていかねばならないのだ。これこそスリル。面白いじゃないか」  パーシヴァルは俄然(がぜん)やる気になった。  誰かに何かをお膳立(ぜんだ)てされるのは好きじゃない。  生活する場所も着るものも食べるものも、そして生涯を共に過ごす伴侶(はんりょ)でさえ、自分の手で見つけ出してみせる。  こうして円卓の騎士で最強と(うた)われた騎士パーシヴァルの原始時代エンジョイライフがスタートしたのだった。
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