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風邪引き、ハッカク、プテラノドン
頭はズキズキ。体は怠くて寒気がする。
パーシヴァルは似たような症状を経験したことがあった。
風邪だ。
嵐の中、ほぼ全裸で“聖杯騎士の筋肉シェルター”をしていたのが原因だろう。
突然倒れたパーシヴァルはぼんやりとする意識の中で「さてどうしよう」と考えた。
まず、風邪は短時間では回復しない。
せめて1日、長ければ数日。暖かくして療養しなければならない。
これは人間最強と言われたパーシヴァルでも逆らえない理だった。
そして今、ほぼ服を着ていないこの状態で屋外に倒れている。
よくない。
これは明らかによくなかった。
このままだと症状が悪化する一方だ。
風邪だけならまだしも、その症状が悪化すると咳が止まらなくなり、胸のあたりが痛みだして最終的には血を吐くようになる。
ログレスでも、そのような症状を発症した人間が死亡した事例がある。
それに肝心のパーシヴァルがこれでは、家を建てることもできなければ外敵から身を守ることもできない。
槍に相談しようにも、いびきをかいて寝ている。
……いや、仮に槍に相談できたとしても彼はただの槍なのでパーシヴァルがいないと身動きが取れないから役には立たないだろう。
恐竜が来たらひとたまりもないな……などと考えているうちに意識が朦朧としてきた。熱が上がっているようだ。
「魔王を倒し、最強と謳われた俺も所詮は人間だな……」
なぜかこんなときにしみじみとしてしまう。
聖槍を振り回して強靭な魔族の体を何度も引き裂いた。
アーサー王のもとに集った仲間たちと歴史上経験のない大きな戦いを乗り越えた。
人類の勝利をこの手にした。
でも、そんな英雄でも、雨風で体を冷やせば風邪になる。
熱が出て、頭の痛みに顔を歪め、自分の非力さを嘆くのだ。
「そうだ、俺も子どもの頃はよく熱を出していたな」
いつもはパーシヴァルのやんちゃぶりに怒ってばかりだった母が、泣きそうな顔で心配していた。
麦をすりつぶして温かい牛乳に溶かした粥を食べさせてもらったことを思い出した。
なんで今、こんなことを思い出すのだろうな。
ぼんやりしていたパーシヴァルの耳に「ぎゅっ」という鳴き声と、ガサガサという葉が擦れる音が聞こえてくる。
何かと思って足元のほうを見ると、さきほどまで寝ていたアンキロサウルスの赤子が自分のベッドの藁をパーシヴァルの体の上に乗っけている。
「お前……?」
もしやパーシヴァルの体調不良を理解しているのだろうか。
パーシヴァルの体は赤子よりもずっと大きく、藁も足りない。何往復かして藁を乗せ終えたものの、全身を覆うことは不可能だった。
アンキロサウルスは少しの間止まって「ぎゅ~~~……」と言っていたが、またのそりのそりと動き出した。
どこへ行くのだろうとパーシヴァルが目で追うと、つい先ほどまで運び込んでいた木材置き場に向かっているようだ。
だが木材には興味がないようで、隅に置いてある大きな葉を口に咥えて引っ張り始めた。
あれは森の中で見つけた葉で、1枚の大きさが人間の半分くらいある。屋根や敷物に使えるかもしれないと思って持ってきたものだった。
「ぎゅっ!」
ズルズルと持ってきた葉をパーシヴァルの下半身に乗っけた。再び木材置き場に戻ったアンキロサウルスは2枚目の葉を運び、「ぎゅっ」と言って上半身にも葉を置いた。
完全に風を凌げるわけではないが、ないよりは全然マシだった。簡易的な掛け布の代わりである。
「赤子よ……俺の体を心配してくれているのだな。ありがとう」
アンキロサウルスは言葉に呼応するかのように「ぎゅう~わ」と鳴いた。そして再びのそりのそりと歩き出す。
今度はどこへ行くのかと思っていると、食糧の入った籠が置いてある場所だ。
あの籠にはクルミや赤子の傷を治すためにパーシヴァルが取ってきた蒲が入っている。
アンキロサウルスは尻尾アタックで籠を倒すと、中に入ってゴソゴソしていた。
複数の実が出てきたが、どうやら赤子が探しているのは蒲の実のようだ。
もしかしたら、自分の傷が治ったのだからパーシヴァルの病気も同じように治せると思っているのかもしれない。
パーシヴァルは力なく笑った。その純粋な考えと、赤子の優しさが身に沁みた。
「それはお前のために取ってきたものだから、お前が食べなさい。俺にはおそらく効果はない。それは傷薬だから病気には効かないんだ」
言っても分からないとは思ったが、赤子の優しさを無駄にしたくなくて言葉が出てしまう。
アンキロサウルスの赤子はパーシヴァルの言葉を敢えて無視するように、籠から出てきた実を一か所にまとめ始めた。
そして狙いを定めて尻尾を振り下ろし、粉々に砕き始める。
「ぎゅわっ!」
ドン!
「ぎゅわわっ!」
ドン!
蒲だけでなく、さまざまな木の実が混じり合って砕かれていく。
「お前……」
自分の傷もまだ完全には癒えていないというのに。
何度かの尻尾アタックを経て、木の実は粉末状になった。
葉の上に尻尾で粉末を集めて――少し砂も混じっているがそこは愛嬌――それをくちばしでズルズルと引っ張ってくる。
パーシヴァルの顔の横まで、のっそりのっそり。
葉からくちばしを外して、パーシヴァルの瞳を覗き込む。
「ぎゅぎゅっ」
パーシヴァルも、初めてアンキロサウルスの瞳をじっくりと覗き込んだ。
草食恐竜特有の穏やかな瞳。馬と似ている。
黒く透き通った目は、人間の邪な心を見透かす生き物に共通した純粋さを湛えている。
パーシヴァルはぼやける視界の中、アンキロサウルスの頭をそっと撫でた。
「ありがとう。お前は本当に優しい奴なんだな。本当に、ありがとう。嬉しいよ」
アンキロサウルスは目を閉じて首を伸ばした。じっと頭を撫でられている姿もまた愛嬌があった。
さて、この粉末の木の実―砂入り―をどうしようかと思ったパーシヴァルだったが、ひとつ思い出したことがある。
そうだ、トウシキミ(ハッカク)。
アンキロサウルスの怪我の治療法を探すために『これで解決!原始時代生活百科事典』を開いたとき、
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【怪我をしたときの対処法】
外傷には蒲の花粉をつけるといいでしょう。
風邪を引いたらトウシキミの種子を砕いて食べさせてあげましょう。
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と書いてあった。
「恐竜って風邪引くの?」とも思ったが、念のため蒲とともにトウシキミの実も採取して籠に入れておいたのだ。
であれば、この粉末の中にはトウシキミの種子も混ざっているわけで風邪薬の効果が期待できる!
即断即決の男、パーシヴァル。上半身をわずかに起こし、アンキロ特製粉末を無心で口の中に流し込んだ。
砂が若干じゃりじゃりした。
「お前のおかげで風邪も早く治りそうだ。ありがとうな」
改めてお礼を言いながら、パーシヴァルはこの赤子に名前をつけていないことに気付く。
すぐに森に戻すつもりだったので名前は不要かと思ったが、ここまで世話になったのだから名で呼んでやりたい。
「ふむ、どうするか……」
と悩んでいるとき。
空から大きな鳥がパーシヴァルとアンキロサウルス目がけて降下してきた。
影がどんどん大きくなる。
「あれは……!」
プテラノドンだった。
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