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どこまでも広い空を見上げて、深く息を吸い、吐く。そうしていると、すっと気持ちが落ち着いてきた。
やるべきことは定まった。私にはこれしかない。
ぱちんと両頬を叩き、目的の人物を探して歩き始める。
彼ならば、きっとあの場所にいるはずだ。
今もまだ、そのルーティンを繰り返していることを祈り、少し足早に向かう。
日暮れ時の廊下は独特な空気を纏う。冬が終わり、春が近づいていることを知らせる風が外から舞い込む。
彼に会う時は、いつもその風の中に桜のような匂いを感じていた。出会いが春の入学式だったせいもあるだろう。
だけど今はもう、そんな香りはしない。
考えながら歩いているうちに、美術室に辿り着いた。
私は固く閉ざされた美術室の扉をゆっくりと開く。そこには、期待した通りの人物がいた。
美術室の中央で、人の身長ほどの大きさはありそうなキャンバスに向き合い、真剣な表情で絵筆を動かしている高山。
その姿に見惚れたことがあるのは、何も狩野だけではない。どこか異質で、近寄り難い空気を漂わせる高山の魅力に気づく者はなかなかいないのだが、私以外にもいたのだ。
なぜか私は、「ライバル」の狩野が私と同じであることが嬉しいとさえ思えた。
こんな喜びは、全然普通じゃないけどね。
苦笑いを零した時、物音に気づいたのか、高山が私の方を振り返る。
「何だ、君か。無言で立たれるとかえって気が散るから、声をかけてくれと言ったはずだが?」
高山が冷たく言い放つ。
あの時もそうだった。もう去年のことになるのだが、私は高山に今と同じような状況で運良く二人きりになり、勢い任せに気持ちを伝えた。
結果は無論、今のような態度でばっさりと切り捨てられたわけだが。
狩野の笑顔が浮かぶ。彼もまた、私と同じように切り捨てられるのだろうか。
想像の中の狩野の顔が歪み、泣き出す前に、私は高山の目を睨むように見た。
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