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いつもと違う
何かが変だった。雨粒が地面を叩く音に混じって、何かが歩いてやって来た。門を潜り、運動場を横切り、生徒と同じように下駄箱で立ち止まる。
隣の下駄箱を使う人は、靴を履き替える時に寒気を感じた。誰もいない、何もいないはずの隣から気配を感じる。
誰かいる。
その下駄箱を使うのはあの子だけだ。
でもあの子はもういない。
隣にいるのは誰だ。隣に何かがいるのか。
だけど横を向いたって誰もいない。だってあの子はいないんだから。
安心して下を向けば、水溜まりができている。まるでそこに誰かが立っていたかのようだ。
同じような経験をした人は他にもいる。
使う人がいないはずのあの子のロッカー、それも鍵はあの子だけが持っていて未だに新しいものに代えられていないロッカー、それが開いている、とか。誰も触っていないはずなのにあの子のイスと机の間にヒト一人分の空間が開いている、とか。誰かが座っているように机には水で手形が、イスにも水で、とか。
生徒たちは誰もそんな悪戯なんてしていない。死者に対してやってはいけないことくらいわかるんだよ。じゃあ、誰がこんなことを。
変なことは続いた。
あの子の下駄箱から教室の席までの道に、水で足形がつけられた。しかもそれは裸足の足形だったから余計に気味が悪い。
生徒は、特に同じクラスの同級生たちはそれから目を背けた。あるはずのない場所にできた水溜まりの所には、あの子が立っているんじゃないかと。あの子の姿を想像してしまう。もういない、死んだ人の姿を、生きていた時と同じように想像してしまう。それが怖かった。
あの子はもういない。いないんだよ。
ここにいてはいけないんだよ。
それをみんなはわかっていた。
だから誰もそっちを見なかった。
やっとご両親にこの話がいった。お二人は申し訳なさそうに生徒たちに謝って、残っていた遺品たちをダンボールに詰めて帰っていった。
その日、とうとう空っぽになった机とイスを片付けることになった。ロッカーも、下駄箱も、何もかもを丁寧に拭いて、あの子の跡を消した。
あの子はいなかった子じゃない。いなくなってしまった子だ。だから、きっと、卒業式にはあのご両親が遺影を持って席につくんだろう。
今はあの子を消さなきゃいけない。いつまでも死んだ人を引き留めて、ここに残すことは失礼なことなんだから。あの子は、もうこの世にいちゃいけない子なんだ。
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