side 琴葉

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「別れようか」 音の言葉に戸惑っていた。 だから、早口で話しちゃってゆっくり話さなくちゃいけないのに……。 短く分かりやすく伝えようって思ったら、音が怒ってしまった。 もう優しく出来ないと言われてしまった。 「嘘だって言ってよ。ねぇ、音」 聞こえない音は、ドアをパタンと閉めて部屋に入った。 「何で……?何で……?」 この傷が音を縛り付けてたんだ。 行く所なんて……。 真弓に……駄目出来ない。 スマホを取り出して、画面を見つめる。 実家にも帰れない。 一週間以内に出て行くなんて……。 その後は、どこに住めばいいの。 ブーブー 【また、ゆっくり話そうよ。友達として何でも聞くから】 春樹からのメッセージが入ってきた。 いけないのは、わかってる。 頼っちゃ駄目なのは、わかってる。 だけど……。 【今夜、泊めてくれない?】 安易な言葉を送ってしまう。 駄目だよって春樹が言うわけないのをわかっていながら……。 【いいよ。おいで】 ほら……やっぱり。 立ち上がって、部屋に入る。 キャリーバッグを取り出して、必要な物を入れていく。 私の世界から、音が消えるなんて思わなかった。 コンコン……。 聞こえないのをわかっていながら、ノックをする。 「音……行くね」 返事なんて来ないのをわかっていながら、伝える。 洗面台から、歯ブラシや化粧水も持っていく。 音にもらったヘッドフォンをつけて、音楽を再生する。 「壊れちゃった……」 ヘッドフォンからは、何も音が聞こえなかった。 さよなら、音。 鍵を閉めて、ドアポストに鍵を放り込んだ。 【また、荷物取りにくるから。いる時、連絡欲しい】 私の世界は、音でいっぱいだったのに……。 雨は、もう止んでいた。 「傘、持って行こう」 私は、春樹の家へと向かう。 さっき、別れた場所。 【下についた】 【迎えに行くから待ってて】 すぐに春樹が降りてきた。 「琴葉、荷物持つよ」 「ありがとう」 「晩御飯、何食べたい?」 春樹は、何も聞かずに荷物を持って歩いて行く。 「何も聞かないの?」 「何かあった事ぐらいわかるから」 「そうだよね……」 「帰ったら、合鍵渡すよ」 「いいよ。すぐに出てくから」 「ルームシェアしてたから、部屋1つ余ってるんだ。よかったら、使ってよ」 春樹は、エレベーターに乗ってすぐに5階を押した。 「早めに家、見つけるから」 「家って、喧嘩じゃなくて別れたの?」 「そう。別れた」 春樹が鍵を開けて家に入れてくれる。 靴箱の上には、センスのいい絵が飾られていた。 「俺も、彼女と住んでたんだ」 春樹は、スリッパを出してくれる。 「コマ拭いてから入れるから」 「別にいいよ。こうやって持てば」 キャリーバッグを横にして、春樹はリビングに持って行ってくれる。 「それっておしゃれ?首にかけてるの」 「違う。もう、壊れちゃった」 「壊れたって、聞こえないって事?」 「うん」 「ちょっと聞かせて」 ヘッドフォンを春樹に渡す。 「確かに何も聞こえないな」 「そうでしょ」 「修理出さなきゃ駄目じゃないかな。明日、持って行こうか?俺、休みだし」 「ううん、いい。もう捨てるから」 春樹からヘッドフォンをもらって、鞄に入れる。 「大事なもんなんじゃないの?」 「もう、必要ないから」 「必要ないって……琴葉」 「もういいの」 春樹は、あの頃と変わらなくて私に優しくしてくれるから涙が流れてくる。 「琴葉……何かあったのか?」 私は、春樹に何も言えなかった。 「温かいの入れてくるよ」 春樹は、キッチンに行く。 スマホをポケットから取り出して、メッセージが届いてないか確認する。 【わかった。今週の土日で片付けてくれたら助かる。俺、美弥子と結婚前提に付き合うかもしれないから】 音からのメッセージに目を疑った。 美弥子……。 音のお義母さんが、言った通りだった。 私は、音をこの傷で縛り付けてただけだったんだ。 「琴葉……大丈夫か?」 「ごめん……春樹」 春樹がくれたマグカップのお茶の中に涙がポロポロと吸い込まれて消えていく。 「琴葉」 「春樹……私、音が好きなの」 「うん」 「だけど、もういらないみたい。音は、私を……」 「いらないって?」 「昔、付き合ってた人とやり直したいみたいなんだ」 「無理して笑うなよ。琴葉」 春樹が、頬の涙を拭ってくれる。 言葉を交わせる関係。 音とは違う。 だけど、周りの雑音(ノイズ)は消えない。 「ごめんね、ありがとう」 「温かいの飲んで、少し休みな。後で、部屋案内するから」 「ありがとう」 「大切な気持ちは、ちゃんと伝えないと彼もわからないんじゃないかな?」 「そうだよね」 「言えるなら伝えとく方がいいよ。俺、去年ばぁちゃん亡くした時にそう思ったから」 「そうだよね。ちゃんと伝えなくちゃ駄目だよね。ありがとう、春樹」 「琴葉は、笑顔が似合うよ」 春樹といると懐かしい気持ちが込み上げてくる。 春樹がいれてくれたお茶を飲む。 土日に会うなら、その時にちゃんと気持ちを伝えよう。 それでも、音が別れたいなら受け入れるしかないよね。
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