side 音

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side 音

メッセージが入ってきて、琴葉が家から出て行ったのを知った。 聞こえないなんて、やっぱり駄目だ。 駄目なんだよ。 耳を何度も何度も叩く。 だけど、もう何も響いたりしない。 琴葉に嘘のメッセージを送る。 幸せになって欲しい。 俺じゃない誰かと……。 部屋を出て、玄関に行く。 玄関についているポストに何かが入っているのがわかる。 ダイヤモンドの指輪みたいなキーホルダーがついた琴葉の鍵だ。 出て行けって言ったのは、俺なのに琴葉がいない世界はいらないと思ってしまった。 ブー ブー 【来週の日曜日は、大丈夫だよ】 【俺もう、完全に耳聞こえないよ。俺と結婚したら美弥子が心配してる事になるよ】 【大丈夫。私が音の耳の代わりになるから。あれから、色々調べたんだ。だから、大丈夫だよ】 何が大丈夫なのかわからなかった。 あんな風に、俺を傷つけておきながら……。 今さら何だよ。 母に気に入られてるのをわかっているから、会いたいって話したんだろうけど。 俺は、美弥子のあの言葉を忘れてない。 机の引き出しを開けて、茶色の箱の隣に琴葉の鍵を置いた。 俺は、あの時。 琴葉を守れなかった。 ・ ・ ・ ・ ・ 通り魔が増えてるから、琴葉に場所を変えようと何度も話したけど。 聞いてもらえなかった。 【ついたから、待ってる】 琴葉からのメッセージを見て、待ち合わせ場所に急いだ。 改札を抜けて駅前の広場には、いつもよりたくさんの人がいる。 今日のライブって特別なゲストとか来るのかな? 俺は、急いで琴葉の元に走る。 人波がライブハウスからたくさん駅に向かって走ってくる。 俺は、逆らって必死で向かう。 音のない俺には、みんなが必死で何で走ってるのか理解出来なかった。 待ち合わせ場所にようやくつく時に、事態がわかった。 琴葉が危ない。 急いで、琴葉の元に近づく為に走る。 琴葉……。 ヘッドフォン取って。 逃げて。 「琴葉……」 どれくらいの音量で、自分が叫んでいるのかわからなかった。 だけど、琴葉に届かないぐらい小さな声だったんだと思う。 振り上げた何かがキラキラ光ってるのが目に入る。 急いだけど、それは琴葉に振り下ろされた。 俺がヘッドフォンなんてプレゼントしなければ……こんな事にはならなかった。 琴葉のお義父さんが言った通りだ。俺は、琴葉に何かあっても気付けない。 後悔っていうのは、厄介なものだ。 白いシャツに溢したコーヒーのシミのようにゆっくりと広がっていく。 どれだけ、綺麗にしても自分ではうまく取れないものだ。 ・ ・ あの彼なら、琴葉を守ってあげれる。 琴葉の傷跡は、くっきり残ってしまった。 あの時、耳が聞こえてたら。 もっと大きな声が出せてたかも知れない。 走り去る人達の言葉を聞けて、すぐに琴葉に逃げろって言えたかも知れない。 結局、俺はあの日を後悔ばかりしてるんだ。 机の引き出しを閉じる。 耳が聞こえない事は、幸せな事もあるけど……。 不幸な事も多い。 琴葉が何かの音に驚いても気づいてあげられなかった。 あの事件の後、それは何度もあった。 「大丈夫、大丈夫」って笑いながらも琴葉の手は震えているのがわかっていた。 優しく握りしめて、震えを取り除いてあげたけど……。 俺は、あの日を共有出来ないまま。 琴葉の痛がって泣く声も、犯人の声も……。 何一つ、聞こえなかったから。 琴葉をちゃんと守れない。 ちゃんと守ってあげられなかった。 まだ、一年も経ってない。 琴葉は、気丈に振る舞ってるけど。 耳が聞こえた人といる方が、琴葉は幸せになれる。
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