side 音

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スマホが震えたのがわかって目を開ける。 まだ、傷が癒えてなかった。 【帰るね】 琴葉からのメッセージを読んで、急いで起き上がる。 琴葉、行かないで。 琴葉、やっぱり傍にいて。 「ごめん。引っ越し業者だけ待ってなくちゃいけなかったから。まだ、帰れなかった」 スマホのアプリを立ち上げる。 「もう一度言わないとだよね。引っ越し業者にさっき」 「いらない」 「じゃあ、玄関で待たせてもらうね」 「コーヒーいれるからあがって」 「ありがとう」 琴葉の部屋は、ダンボールが山積みになっている。 「ゴミは、ちゃんと持って行って捨てるから大丈夫」 「そんなに、ゴミあった?」 「あっ、うん。ラグとか使えなさそうだしスリッパも、もう汚れてたりとか服もたくさんはいらないかなって」 「置いてていいよ。俺が捨てるから」 「ありがとう。ごめんね」 「いや、いいよ」 キッチンに行って、ケトルに水をいれてスイッチを押した。 琴葉は、いろんな物を泣きながら手放したのだろう。 マスカラが、少しだけ目尻についていた。 コーヒーをいれて、琴葉に渡す。 「ありがとう。いただきます」 「ヘッドフォン捨てていいから」 「えっ?」 「今日持ってきてない所、見たらいらなかったんだって思って」 「ヘッドフォンから音が聞こえなくなっちゃったから。だから、ちょっと休ませてあげてるの」 「休ませたら直ると思ってんの?無理に決まってるだろ」 今までで、一番酷い言い方をしてるのが自分でわかっている。 耳が駄目になって、母と喧嘩した時みたいな酷い言い方だ 「そうかもね。でも、私にとっては大切な想い出だから」 「想い出?大嫌いな想い出の間違いだろ?」 「そんな事ない。大切な想い出だよ」 「何言ってんの?あれつけてたから、通り魔に切りつけられたんじゃん」 「それ……本気で思ってるの?」 琴葉の目にゆっくりと涙がたまっていくのが見える。 「だって、そうだろ?あんなのつけてなきゃ!周りの音が聞こえただろ?」 「あんなのって何?どうして、そんな酷い言葉が言えるの?あれは、私と音の……」 「俺との何?琴葉は、ずっと逃げてるんだよ。雑音(ノイズ)雑音(ノイズ)がってさ。聞こえるだけいいだろ?その雑音(ノイズ)が聞こえてなかったから、そんな傷をつくる事になったんだよ。わかるか?」 スマホの画面に映る俺の羅列は、醜くて汚くて……。 誰よりも酷いものだ。 「私は、この傷を後悔してないよ。これは、私が望んで出来た傷だから。音に会ってなかったら私は死んでたから」 こんなに酷い事を言ってるのに、琴葉の羅列は温もりを放っている。 「音が私を嫌いなのはよくわかったから。だけど、私の想い出まで傷つけないで欲しい」 コーヒーカップを持つ手が震えているのがわかる。 琴葉の涙がカップの中のコーヒーに落ちていくのが見える。 「音、今までありがとう。私、音と一緒にいれた時間、凄く幸せだったよ。でも、音にはそれが苦痛だったんだよね。美弥子さんが好きなのに私が音を縛りつけちゃってたね。ごめんね」 何で、そんな優しい羅列を並べるんだよ。 俺は、琴葉を傷つけてるのに……。 「美弥子さんと幸せになってね。私は、もう大丈夫だから……。音のお陰で、雑音(ノイズ)も聞こえなくなったから」 嘘だ。 琴葉の浮かべる嘘の笑顔に嘘をついてるのは、すぐにわかった。 消えていたはずの雑音(ノイズ)が、また聞こえるようになったんだ。 「コーヒー、ごちそうさま。あっ、やっぱり玄関で待つね。ここで、待つのよくないと思うから」 言うな。 これ以上、琴葉を傷つける事を言うな、俺。 「ペアで買った食器、いるなら持っててくれない?いらないなら、捨てるから」 「あっ、そうだよね。捨ててくれていいよ」 「だよな。新しい男との間に俺と使った食器なんていらないもんな」 「そんな人いないよ」 「いずれ出来るよ。耳が聞こえるやつは、聞こえるやつと一緒にいた方が幸せなんだからさ」 「音がそう感じたなら、そうかも知れないね。私は、音の気持ちわかってあげられないもんね。ごめんね。わかってあげられなくて、ごめんね」 何で、また琴葉を傷つけるような事言ったんだよ。 黙れよ、俺。 もう、話すなよ。 「さっさと俺の事忘れなよ。早く結婚しなくちゃ、子供だって産めなくなるわけだしさ」 殴っていいよ、琴葉。 俺を殴っていいから。 「そうだね。女の人には、タイムリミットがあるって聞くからね。じゃあ、行くね。忠告してくれてありがとう」 泣きそうになりながら琴葉は、出て行った。 最低だ。 最低だ。 俺は、世界で一番最低だ。
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