side 音

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スマホを見つめると琴葉の優しい羅列が並んでいる。 気づいたら、スクショをとっていた。 琴葉は、こんなに俺に優しいさよならを伝えてくれたのに……。 俺は、何であんな酷い言い方をしたんだよ。 もう二度と会いたくないって思われるぐらいに嫌われてしまいたかった。 何の音も聞こえなくて静かだ。 なのに、目に入る琴葉の羅列は消えなくて……。 ブブッ 【明日、美弥子ちゃんが家に来るから音も来なさい】 うるさい雑音(ノイズ)は、消えないままだ。 【来週、会うからいいよ】 【駄目よ。こういうのは、早い方がいいんだから】 うるさい。 うるさい。 うるさい。 うるさい。 うるさい。 琴葉……。 ドアを開けると琴葉の姿は、もうなかった。 ブブッ 【さっき全部運んでもらえた。鍵だけ閉めてね。ありがとう、音】 琴葉の羅列だけは、やっぱり優しくて温度を感じる。 琴葉、やっぱり行かないで。 俺と一緒にいてくれ。 急いで靴を履いて、家を飛び出す。 琴葉……。 琴葉……。 琴葉……。 ……。 …………。 ………………。 傘を一緒にさしていた男だ。 やっぱり、琴葉は彼といる方が幸せになれる。 一緒に家に入って行くのが見えた。 やっぱり、いないなんて嘘だったんだ。 琴葉も嘘つきだな。 【わかった。明日行くよ】 【美弥子ちゃんとお昼ご飯食べる約束してるから、12時までには来なさいよ】 【わかった】 美弥子を選べば、母が喜んでくれるのはわかる。 母は、美弥子を気に入っていたから。 家に帰って、琴葉の部屋を開ける。 何もないガラガラの部屋に、ゴミ袋が二つ置かれていた。 生ゴミじゃないなら、捨てなくていいか。 部屋を閉めて、キッチンに行く。 ペアで買われた食器や琴葉のお気に入りの鍋。 捨てられるわけない。 幸せな想い出なんだから……。 戸棚からマグカップを取り出す。 「これ、何かすっごく可愛くない?」 「絶対、使いづらいでしょ?」 「わかってないねーー。可愛いのがいいんだよ」 猫の尻尾のデザインの取っ手がついたマグカップ。 日常使いに不便だったけど、琴葉が可愛いものが好きだからと買った。 不便だからと思っていたけど、一緒に使うと不便なのは気にならなかった。 あの日から、ずっと。 俺は、琴葉を幸せにしようって決めてた。 なのに……。 その真逆な事を今日俺はしたんだ。 最低だ。 でも、琴葉には聞こえる人の傍で笑っていて欲しい。 琴葉が、怖いと思った事を一緒に共有できる人の傍で……。 「さよなら……琴葉」 カップを戸棚に戻す。 少しずつ手放していこう。 今の辛い気持ちは、いつか消えていくものだから。 それよりも、この先の未来の方が大切だ。 俺と一緒にいる事で、琴葉の耳に雑音(ノイズ)が入ってくるなら。 それをすべてはねのけて守ってあげる強さは、俺にはないから。 だから、琴葉。 彼と幸せになるんだよ。
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