side 琴葉

3/3
前へ
/30ページ
次へ
引っ越し業者を待とうと外に出る。 「早めについてしまったんですが」 「あっ、大丈夫です」 「すみません」 「いえ、早い方が助かります」 引っ越し業者にダンボールを運んでもらう。 住所は、春樹から教えてもらったのを伝えた。 私の少ない荷物は、三人でやってきた引越し業者は、あっという間に片付けてしまった。 「それでは、先に行ってますね」 「よろしくお願いします」 引っ越し業者がいなくなって、すぐに春樹にメッセージを送る。 【下にいるから……。気をつけて帰っておいで】 優しい春樹のメッセージにさっきまでざわついていた胸の奥が静まっていく。 じゃあね、音。 幸せになってね。 バイバイ 届かない心の声を呟きながらドアを閉める。 【じゃあ、行くね】 送ろうとしたメッセージを消去する。 そのうち出て行ったのに気づくから大丈夫だよね。 これ以上、音に嫌な思いをさせたら駄目だよね。 幸せな時間をたくさんくれた人に迷惑をかけたくなかった。 アパートから出る。 春樹の家は、やっぱり近い。 縁が切れたら会えなくなる……。 それなら、音と私はこれからは……。 「荷物は、ここにお願いします」 「春樹」 「琴葉、お帰り。ちゃんと話せた?」 「なるべく優しく話したよ。多分、気持ちは伝わっていると信じたい」 「すみませーーん。中に入っていいですか?」 「ああ、はい」 「早く上がろう」 「そうだな」 この様子を音が見ていたのを私は知らなかった。 だって、音は私の事なんていらないと思っていたから……。 「ありがとうございました」 「こちらこそ、ありがとうございました」 引越し業者の人が帰って行き、春樹と二人になった。 「どんな人?」 「誰の事?」 「琴葉が、振られた人」 「優しくて、勇敢な人」 「すごい。好きなんだな。ビール飲む?」 「飲む。何でそう思うの?」 「顔!ニヤニヤしてる。はい、ビール」 「ニヤニヤって変態みたいに言わないでよ。ありがとう」 「俺の事、好きだった時も琴葉はそんな顔してたのかな?」 「どういう意味?」 「いや、何か。綺麗だなって思って。人を本気で愛してるって綺麗なんだなーーって思って」 「何、それ」 春樹といると傷が塞がっていく気がする。 だけど、何でだろう。 嬉しいのに嬉しくない。 時々、外の車の音やスマホのバイブ音も耳に流れてきて。 全然静かにならなくて……。 懐かしさと嬉しいは、別物だって事がわかってがっかりする。 「諦めんの?」 「えっ?」 「勿体ないよ。諦めたら……」 「向こうは、もう好きな人いるから」 「ずっと気づかなかった、手どした?」 春樹に触れられそうになって、体がビクッとして、傷を隠す。 「ごめん。嫌だったよな」 「う……うん」 「琴葉の色々……いつか聞かせて欲しい」 頷くのと同時に、この傷が癒えていないのを感じる。 もしかして、音はそいうのが負担だったのかな。 私は、音を苦しめるんだ。 責めるつもりはなくても、責めていたんだ。 気づいてなかっただけで……今みたいに音にもしていたんだ。 そっか。 そうだよね。 私といると罪悪感でいっぱいだったよね……音。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加