Side 音

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「やっぱり、何してんの?」 「音が帰ってくるっていうから……」 「それで部屋に入る俺に、この言葉?」 「だって、その服。似合わないから」 姉は、俺を部屋に押し込んで扉を閉めた。 「何だよ」 「いいの?それで」 「何が?」 「琴葉ちゃんが好きなんでしょ?ほら、一回会わせてくれたじゃん。家行った時に……」 「もう、琴葉には好きな人がいるから……」 「そんな訳ないでしょ。琴葉ちゃんが音を捨てて別の人に行くなんて思えない」 「俺と琴葉の事知らないくせに勝手に決めんなよ」 「知らないよ!知らないけど、琴葉ちゃんは音を裏切る人じゃない事ぐらいわかる」 「は?何それ?たった一回会ったぐらいで。わかるわけないだろ」 俺の言葉に、姉は俺を睨み付けた。 「どうせお母さんに何か言われたんでしょ?」 「別に、何も言われてないよ」 「だったら、自分を可哀想な人間だと思った?」 「思ってないわ」 「耳が聞こえなくて可哀想な俺と琴葉ちゃんが一緒に居てくれるなんてって思ったんでしょ?琴葉ちゃんは、耳が聞こえるから聞こえる人間と一緒にいた方が幸せだとか思ったんでしょ?」 「思ってないから。ってか、何で姉ちゃんが泣いてんだよ。意味わかんないから」 「音が泣かないからでしょ?」 「は?何で、俺が泣くんだよ」 「逆に何で泣かないの?音、すごく幸せだったでしょ?琴葉ちゃんと付き合って」 「幸せじゃ……」 なかったって嘘をつこうとした瞬間だった。 急に胸が締め付けられて、息が出来なくなりそうになる。 涙が出そうで、姉に見えないように上を向いた。 「琴葉ちゃんの羅列は温もりがあるって話してくれたじゃん。それって、幸せって事でしょ?耳が聞こえない音にとって、何よりも大切な事でしょ?お母さんが聞かせる羅列より……よっぽど」 「もういいから出てけよ」 「美弥子ちゃんは、音を傷つける。音を幸せに何かしてくれないよ!琴葉ちゃんといた時みたいに、心の底から笑顔になんかなれないよ」 「もういいって言ってんだろ」 俺は、姉を部屋から追い出した。 バタン……。 このドアは、文字で書くとそんな音がする。 重たくて……。 重たくて……。 二度と開けたくないドア。 階段の下を降りたら、いつも地獄が待っていた。 俺は、聞きたくない母さんの言葉を無意味に入れて……。 覚えておきたくない言葉を目に焼き付けて……。 ・ ・ ・ 「音……。聞いてる?」 「何?」 「耳が聞こえる人とは、あんまりいない方がいいわよ」 「何で?」 「徹君は、よくても……。音の事を何も知らない人が優しくしてくれるとは限らないでしょ?それに、音はゆっくりでも聞こえなくなっていっちゃうから……。そしたら、ほら、音が傷ついちゃうでしょ?」 うるさい……。 うるさい……。 うるさい……。 「音……。ただいま」 「琴葉……何で?」 「何でって、同棲生活五日目だよ!本日は、音が食べたがっていたぶり大根を作ってあげる」 「何で……」 「どうしたの?音」 「何で……。琴葉の声がわからないの」 ・ ・ ・ 「おと、みやこちゃんきたよ」 「母さん……」 「ほんとうにつかれてたね。うなされてたよ」 「あっ……。ちょっと色々あって」 母さんは、わざとらしく口をゆっくりと動かす。 「さき、おりてるね」 「うん。すぐ行く」 「………………」 「えっ?」 母さんが何を言ったかわからなくてスマホを見つめる。 いつだって、母さんは酷い羅列を俺に読ませる。
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