Side 音

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【あんな子の事なんかさっさと忘れたらいいのよ。音を縛り付けるだけの酷い人間なんだから。たかが、手に怪我をしたぐらいで……何よ。音の方が何十倍も痛い思いをしてるんだから……】 俺は、スマホを見つめる。 「お前さ。性能よすぎ!空気読めよ」 こんな酷い羅列を見て笑えなかった。 もしも、隣に琴葉が居たら……。 俺は、きっと笑ってた。 だって……こんな酷い羅列を上書きするほどの優しくて暖かい羅列ですぐにいっぱいになる事を知っていたから。 知っているから……笑えた。 「降りようかな……」 どんな羅列で埋まるかわからない。怖くて堪らない。 この階段を降りて……。 下にいる美弥子と母さんに会いに行かなきゃならないなんて……。 「おと、かみ。ボサボサ」 「姉ちゃん……ありがとう。どっか行くの?」 「ちょっとでかける」 「気をつけて」 「さっき……は、ごめん」 「俺もごめん」 「謝っとかないと帰って来れなかったら言えないから……じゃあ、頑張って」 「うん」 愛子ちゃんを亡くした俺と姉には、ルールがある。 それは、どちらかが出掛ける時に仲直りする事……。 もしも……次がなかったら……。 そう考えると喧嘩別れしたままは嫌だと思ったんだ。 俺……。 琴葉と喧嘩別れした。 それって、次がなかったらって思わなかったって事なのか……? 階段を降りるとニコニコ嬉しそうな母さんがいる。 「ごめん。遅くなって」 「いいのよ。ほら、お寿司にしたから座って……もうすぐ来るから」 「うん」 母さんは、嬉しそうに小皿や箸を用意している。 「久しぶり……音」 「あっ……うん」 「話していいよ。嫌じゃないなら」 「あっ……うん」 イントネーションがおかしいとか言われるのが嫌で、美弥子に短い言葉を発しただけだった。 「そっちに座って」 「父さんは……?」 「もうすぐ来るわよ。部屋に行ってるだけだから」 「そう」 美弥子と一緒にソファーに座る。 「久しぶりだね、音」 「うん。元気にしてた?」 「元気だったよ」 「でも、何で会いたいなんて。急に……」 「ほら、お寿司来たぞ」 「ありがとう……小皿置くわよ」 「後で、話そう」 「あっ……うん」 美弥子が俺に会いたいなんて、何か意図があるに決まってる。 耳が聞こえなくなった俺を哀れんでるのか? いや……そうは見えない。 だったら、何で? 結婚する相手って考えても、俺より絶対にいい奴がいるのはわかる。 「これ美味しい。ほら、音も食べなさい」 「うん……いただきます」 母さんは、美弥子と食事出来るのが嬉しくて堪らないようだ。 「美弥子ちゃんは、今フリー?」 「えっ……はい」 「音とかどう?」 「母さん、やめないか!」 「いいじゃない、聞いてみるだけ」 「音君が嫌じゃないなら……ありです」 「本当に?」 「は……い」 「いやーー、嬉しい。私も美弥子ちゃんなら大歓迎よ」 「母さん、音の意見を聞いてやりなさい」 「音だって……美弥子ちゃんなら嬉しいわよね」 「だ……ね」 自分が信じられないぐらい嘘つきなのが、今、わかった。 「ご馳走さまでした。美弥子ちゃんからケーキもらってるから、食べよう」 「ごめんね、騒がしい奴で」 「いえ、大丈夫です」 「嫌なら嫌だって言っていいから」 「大丈夫だから……。あのさ、音」 「何?」 「付き合って欲しい所あるんだけど、来てくれない?」 「あっ、うん。いいよ」 「よかった」 ケーキを食べながらも母さんは美弥子にずっと話をしていた。 「音のどこがいい?」「音は収入はあるから」「音は優しくて」って……。 美弥子は、母さんの言葉に頷きながら微笑んでいた。 「じゃあ、また来てね」 「はい。お邪魔しました」 「ちょっと出掛けてくる」 「うん。行ってらっしゃい」 俺は、美弥子と一緒に家を出る。 このまま、美弥子と一緒にいていいのだろうか? 「出していいよ。それ」 「あっ、うん」 「音は、28会に連れてきた人と別れたの?」 「あっ……うん」 「何で?」 「合わなかったから……かな」 「やっぱり、聞こえる人と聞こえない人って難しいんだね」 「だね……」 「ここ。白山(しらやま)君がね、お店やったんだよ。ここの珈琲美味しいの。音と来たかったんだ」 白山……。 【才川は、もう俺らと住む世界が違うじゃん】 「心配しないで大丈夫だよ。私がいるんだから」 美弥子は、嬉しそうに俺を引っ張っていく。 白山の店には、同級生がいっぱいだった。 「な……」 「今日はね。みんなで同窓会しようって集まったの。28会でゆっくり音と話せなかったからって。あっ、もちろん。徹君には伝えてるから」 美弥子が、何を考えてるかわからない。 徹が来てくれなきゃ、俺はここにいれないよ。
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