side 琴葉

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side 琴葉

「いたたた……」 「おはよう」 「あーー、ソファーで寝落ちとかごめんね」 「別に気にしてないよ。はい、お水」 「ありがとう……。あっ、今日は荷物片付ける。って、11時じゃん」 「荷物の前に昼御飯食べようか。あっ、スマホ鳴ってたよ」 「えっ、嘘」 昨夜は、春樹に思う存分吐き出した。 って言っても、記憶がほぼないんだよね。 スマホを取り出すと真弓からメッセージが入っていた。 【緊急事態!!14時に喫茶店に来て】 緊急事態?何それ? 「仕事?」 「あっ、真弓」 「真弓ちゃん、元気にしてんの?」 「元気、元気。今度、結婚するって」 「へぇーー、結婚か。早いな」 「うん」 「昼飯、焼き飯でいい?」 「うん。あっ、14時に真弓と約束出来て」 「片付けは、ゆっくりすればいいよ。じゃあ、焼き飯作るわ」 「シャワー浴びてこようかな」 「うんうん。そうしな」 春樹はニコニコ笑いながら頷いている。 私は、春樹にお辞儀をしてお風呂場に行く。 音と暮らしていたアパートと違って少し広い洗面台。 春樹は、多分。 収入が、多いんだと思う。 彼女と住んでいたって言ってたけど、結婚を前提だったのかな? お風呂場のシャワーヘッドが、美容にいい物に変えているあたり……。 そうだっただろう? まあ、私の事を春樹は何一つ詮索してこないのにこっちが詮索するのもどうかと思う。 さっさとシャワーに入ろう。 お風呂から上がった私は、髪の毛を乾かす。 『これ使っていいから』と春樹が貸してくれたドライヤーは、女優さんが使用していた高価な物。 私が、音と使っていた2980円の安いドライヤーとは違い。 髪の毛がサラサラになる。 髪を乾かすだけでも、格差を感じる。 「はあーー」 「ドライヤーしててもわかるぐらいのため息」 「あっ。ごめん。暑いから、乾かすのに開けてた」 「服着てなかったらどうしようかと思ったよ」 「着てなかったら、さすがに開けないよ」 「だよな。元彼だしな……。あっ。ご飯出来た」 「わかった。すぐ行くね」 「うん。待ってる」 春樹がキッチンに向かって行く。 私は、別に格差を気にしてため息をついたわけじゃない。 音と一緒にいれる世界なら、例え1円しか持ってなくても平気だ。 キラキラした世界に憧れた時期もあったけど……。 あのキラキラ達は、私を幸せになんてしてくれなかった。 むしろ、私に『死』を考えさせただけだった。 音がいれば、何もいらない。 髪を乾かすのに解す手を見つめる。 この傷さえなかったら……。 整形……?出来るのかな。 もし、出来るなら費用はいくらかかるのかな? これがなかったら、音は苦しまない? って、さっきから音の事ばっかり考えて馬鹿みたい。 乾いた髪を櫛でとかして、私はキッチンに向かう。 「丁度、ダイニングに並んだとこ」 「ありがとう」 「ううん。食べたら送ろうか?駅まで」 「春樹と居るの見られたら困るから、いい」 「琴葉を振った彼に?」 「違う。春樹の元カノに……」 「別に、俺は見られても平気だよ。別れてからだいぶ経つし」 「嘘ばっかり。結婚考えてたんでしょ。って、ごめん」 「やっぱり、琴葉は凄いな。家見たら、わかったってやつ?」 「ごめん。私の事春樹は何も聞かないのに……」 「怒ってないよ。彼女と別れたのは俺が悪いから。信用できないって言われたんだ」 春樹が、まだ彼女を引きずっているのがわかる。 当たり前だ。 結婚を考えた相手を簡単に忘れられる訳なんてない。 「やり直したりは、考えないの?」 「無理無理。彼女には、幸せになって欲しいから」 「春樹じゃ出来ないの?」 「出来ない……。また、同じ事で苦しめるから。ごめん。これ以上は、話したくない」 「ごめんね。私、春樹の気持ち考えてなかった」 「いいって。冷めないうちに食べよ」 「うん」 春樹の痛みを私は拭えない。 私の痛みを春樹は拭えない。 話せば話すほど……。 私達は、繋がり合わないのを実感する。 でも、何で……。 切れた縁が、再びくっついたのだろうか? 結ばれないのをわかっていながら、神様はどうして私達を引き合わせたのだろうか? 「美味しい?」 「うん。美味しいよ」 「晩ご飯は、何がいい?」 「まだ、昼ご飯食べてる途中なんだけど」 「ごめん、ごめん」 一緒に笑い合えるだけで……いい。 その為に神様が再会させてくれたんだ。 「ヤバっ。食べて用意するね」 「もうこんな時間か。晩ご飯どうする?買い物行くから」 「あっ、えっと……」 『ミートスパゲティー』 「あれ?何で……」 「部活帰りのファミレスで、いつも頼んでた」 「ああ。そうだった」 「今も好きなんだな」 「好きな物は、そう変わらないよ。増えたり減ったりするけどね」 「じゃあ、よく食べるんだ」 「ううん。赤い食べ物は、苦手になったから。あっ、でも。時々は、食べるよ。トマト系は、美味しいって脳がわかってるから」 「そっか。じゃあ、ミートスパゲティー作って待ってる」 「お願いします」 「お皿置いてて、準備しな」 「ご馳走様でした。春樹、ありがとう」 「うん」 私は、部屋に戻って準備をする。 春樹の優しさが今は心地いい。 雑音(ノイズ)は、消えないけど……。 心は、落ち着いてるから大丈夫。
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