side 琴葉

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改札を抜けて、待ち合わせ場所の喫茶店に入ると俯きながらスマホを触っている真弓が目に入った。 「いらっしゃいませ。何名様ですか?」 「あっ、待ち合わせで。あそこの席なんです」 「かしこまりました。ご案内いたします」 店員さんの丁寧な接客態度が、好感を持てる。 真弓の席に案内するとすかさず「ご注文はお決まりですか?」と尋ねられた。 「コーヒーで」 「ホットですか?アイスですか?」 「ホットで」 「かしこまりました」 店員さんは、深々と頭を下げて厨房の方に向かって行った。 「ごめんね!呼び出して」 「いいんだけど……どうしたの?」 「実はね、結婚式場の下見に徹が来れなくなって」 「で、私についてきて欲しいって事?」 「そうなの。ごめんね」 「そういう事なら仕方ないね」 「ありがとう、琴葉」 真弓がニコニコと太陽みたいに眩しい笑顔を浮かべた時に店員さんがホットコーヒーを持ってきた。 「お待たせしました。ホットコーヒーになります」 「ありがとう」 私の言葉に店員さんは、軽く会釈をしてから下がって行く。 「徹君、休みの日まで、出勤なんて大変だね」 「まあね。でも、結婚するから頑張りたいとかって言ってる」 「そっか……」 「琴葉が、それ飲んだら行こう」 「あっ、うん。急がなきゃだよね。ホット頼まなきゃよかった」 「大丈夫、大丈夫。3時までに行ければいいから」 真弓の言葉に、一安心した私はお砂糖とミルクをコーヒーカップに流した。 「ねえ、琴葉」 「何?」 「音君とは、順調?」 「順調だよ。まだ、結婚とかは無理だけどね」 「そっか、そっか。それならいいの」 真弓から投げられた言葉に、動揺しないふりをした。 「それで、式場ってどこの?」 「こっちの式場が、挙げたい日付が埋まってたり……。挙げたい式場は、一年待ちとかが多いから徹の地元も考えようってなったんだよね」 「じゃあ、今日は徹君の地元に行く感じ?」 「うん、そうなんだけど。何かまずかった?」 「ううん。全然、大丈夫」 「音君のお母さんに会うのは避けたいよね?」 「気にしないで。大丈夫だから」 真弓にバレたくなくて、平気なふりをする。 もしも、今日、音が向こうで美弥子さんに会っていたら? 音のお義母さんに会ったら? 最悪な事を考えても、きりがない事だってわかってる。 「もう、出なくちゃだね」 「そうだね」 だから、平気なふりをして笑おう。 何でもないふりをして、嘘をついておこう。 「冷めたからいっきに飲めちゃった。で、電車で行くの?」 「車!その方が早いから」 「オッケー。それじゃあ、行こう」 真弓と一緒に喫茶店を出て、駐車場に停めていた車に乗り込む。 行きたくないが九割をしめている。 だけど、幸せそうに笑う真弓に行きたくないって言えない。 「琴葉は、どれくらいぶりに向こうに行く?」 「音に28会についてきてって言われた時、以来かな」 「そっか……。私は、徹の両親に挨拶に行った時に行ったよ」 「それって、最近だよね」 「うん、そうそう」 音と徹君が産まれ育った場所まで、車はすぐに連れて行ってくれた。 「ちょっと地図みるから、コンビニ停まっていい?」 「うん」 高速を降りてすぐのコンビニに車を停めて、真弓はすぐにスマホを開く。 「琴葉についてきてもらったんだけど……。徹が、来れるみたい」 「えっ?じゃあ、私。電車で帰るよ」 「電車代勿体ないから、喫茶店で時間潰してて」 「喫茶店って……。一人で入るの苦手だから」 「こっちに知ってる人とかいないよね?」 「いるわけないよ」 「だよね。それじゃあ、人が少なさそうな所、選ぶから。どうかな?」 「それなら……まだいれるかも」 本当は、一秒でも早くこの場所から離れて家に帰りたかった。 だけど……。 ここで、私が帰って真弓に嫌な思いをさせたくなかった。 「あのさ、琴葉」 「何?」 「私に隠してる事ない?」 「何もないよ」 「それなら、いいんだ。あっ、ここは?」 「Hakusan?」 「オーナーが白山さんで、海外に言った時にそう呼ばれたのが店名の由来みたい。ここは、出来てまだ3ヶ月ぐらいだって」 「そうなんだ」 「駐車場でいい?それとも、中までついて行こうか?」 「子供じゃないから大丈夫だよ。ここで」 「じゃあ、二時間後には迎えに来るから。ここで待っててね」 「わかった。気をつけて行ってね」 私が車から降りると真弓は、すぐに行ってしまった。 とりあえず、席に案内してもらったら……トイレに行こう。 カランコロン……。 「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」 「一人です」 「本日、二階が満席でして、一階の席になりますが、よろしいでしょうか?」 「はい。大丈夫です」 店員さんは、一階の二人がけ用のテーブル席に案内してくれる。 「ご注文がお決まりになりましたら、ブザーでお呼びください」 「わかりました」 店員さんがいなくなったのを見計らって、私はすぐにトイレに行く。 トイレは、真っ白で綺麗。 トイレに入って、鍵をかける。 通いなれた場所なら、いいけど。 知らない場所の喫茶店は、落ち着かない。 カツカツ……と誰かが入ってきた足音がする。 「ってか、公開処刑じゃない?美弥子もやる事がえげつないよね」 「確かに……。才川って、顔はいいもんね」 「でも、ないわーー。耳聞こえないんでしょ?」 「ってか、才川。全然、喋らないよね」 「話したら、下手くそだってバレるからじゃない?日本語出来ない日本人とかうけるでしょ……」 音が、ここにいるの? 彼女達が、出て行く音を聞いてすぐに私はトイレから出た。 音を傷つけたり、馬鹿にするのなんか許せない。 さっきの女の人達が、階段を上がっていくのが見える。 許せない……。 許せない……。 音を傷つけるなんて許せない。 ・ ・ ・ 「いい加減にしてくれよ!迷惑なんだ」 怒りに身を任せていた私が、冷静になったのは音の言葉だった。 いつの間にか、私と音は店の外に出ていた。 私は、何を言ったのか、覚えてなくて音を見つめる。 「俺が何か言われたら、すぐに守ろうとするの鬱陶しいんだよ」 「音……何言ってるの?」 「わざわざ、ここにいるの何で?GPSでもつけて監視してたわけ?」 「違う。そんな事してない」 「琴葉の正しさは、俺を傷つけるんだよ。もう、帰ってくれ」 「だけど……美弥子さんは……」 「美弥子が、俺に何かしようとしたって証拠ないよね?」 「それは……」 「俺が美弥子を選んだから嫌がらせしようと思ったの?」 「違う……」 「じゃあ何?」 「私は、ただ。音には、笑ってて欲しいの。音が、誰かに傷つけられて欲しくないの」 「そんなの無理だから」 音……。 私、別れたくない。 音がいない世界はいらない。 だから……音。 「あのさ、もう二度と俺の前に現れないでくれる?」 「音……本気で言ってる?」 「琴葉といると息が詰まる。正しい事を言えば、俺が救われるわけじゃない。さっきだって、琴葉が余計な事をしなかったら。もうすぐ、終わったんだよ。琴葉のせいで、俺はみんなに話さなくちゃならなくなった」 「ごめんなさい」 「謝られたって無理だから。じゃあ」 「音……待って……」 冷たい視線を投げ掛けて、音は店の中に戻っていく。 正しさが、音を救うわけじゃない。そんな事、わかっていた。 ああ、私も『父』と同じ血が流れていたんだ。 怒りに身を任せ、正義を振りかざした癖に音を守れなかった。 音は、守ってなんか欲しくなかったんだ。 重い体を引きずりながら電車に乗って、何とか最寄りの駅まで帰ってきた。 春樹の家に帰らなくちゃいけないのに……。 駅前で、急に足が動かなくなる。 少し休んでから帰ろう。 近くのベンチに座って、スマホの画面を見つめる。 ずっと流れていたと思うcherryの幻。 悲しみが深くて、私の耳には聞こえていなかった。
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