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ピンポーン……
チカチカとフラッシュが光、誰かがやってきたのがわかった。
これを取り付けてくれたのは、徹だ。
「はい」
「音、まだ同棲してるの?」
「母さん」
「あの子は駄目よ。あの子は」
「どうして、そんなに琴葉を嫌うの?」
「嫌ってなんかないわよ。あの子の為じゃない。音と居たっていい事なんかないわよ」
「嫌みを読ませるのやめてくれないかな?ただでさえ、疲れるのに」
「だったら、さっさと別れなさい。あっ、美弥子ちゃんがね。こないだ、家に来たのよ。音と会いたいって話してたわ。音、美弥子ちゃんとデートでもしたら?あんな子よりマシじゃない」
母は、読めと言わんばかりにスマホを突きつけてくる。
大嫌いだ。
この羅列が大嫌いだ。
「琴葉は、わかるようにゆっくり動かしてくれる。わからなかったら、紙に書いてくれるんだ」
「だから、何?そんなの音に嫌われたくないからに決まってるでしょ?」
「何で、そんな言い方するんだよ。琴葉は、母さんが思ってるよりずっと……」
「ずっと何?優しいって言いたいの?音の事、何も知らないじゃない。音の葛藤も苦しみも知らない。ただ、美味しい所をつまんでるだけでしょ?その点、美弥子ちゃんは違うわ。音の葛藤も苦しみも知ってるの。知ったうえで、もう一度会いたがってるのよ!わかるでしょ?音も、もうすぐ30歳でしょ?お母さんに結婚式見せてよ」
「帰って。今日は、もう帰って」
「ちょっと待ってよ、待ってよ音」
俺は、母を家から追い出した。
美味しい所をつまんでるだけ、何も知らない。
琴葉の悪口を言われて腹が立った。
俺は、スマホからアルバムを出して写真を見る。
乗り越えてると思っていた葛藤や苦しみを理解してくれたのは琴葉だった。
美弥子は、俺に……。
「耳が聞こえない人と結婚して子供を作って、子供に何かあったら音は気づける?子供が泣いてるのが離れててもわかる?わからないよね。そんな人とは将来が見えない」
羅列した文字が、俺を傷つけた。
言葉で言われたら、そこに少しでも涙が足されていたのかも知れないし、申し訳なさが足されていたのかも知れない。
だけど、文字は違う。
グサグサと刃のように俺を貫いた。この文字を追う為に読み続けていたのかと思うと、数千倍は苦しかった。
そんな俺にあの日。
琴葉は……。
・
・
・
・
・
ブー、ブー、ブー、ブー、ブー
スマホの画面を見ると琴葉さんと書かれていた。
電話なんか出れないし……。
音がだいぶ聞き取れなくなってたから、ここ最近電話は出ていなかった。
俺は、キョロキョロと辺りを見回す。
道路を挟んだ反対側の歩道から手を振ってる人が見えた。
琴葉さんだ。
信号が青になると琴葉さんは、走ってくる。
「でんわ。でれないのわかっていながらごめんね」
「ううん」
「だけど、おとくんをみつけたらはなしたいっておもって。だから、ひきとめた」
一期一句、俺がわかるように大きな口を開けて琴葉さんは話してくれるから、俺は泣いてしまった。
「ごめんね。なかせちゃった?」
「違うよ」
「わたしのことばきこえてる?」
「まだ、少しは耳。聞こえてるから。そんなゆっくり話さなくても大丈夫」
「あっ、そっか。ごめんね。気づかなかった」
困った顔をして俯く琴葉さんが可愛いと思った。
この人は、最初から偏見がなかった。
俺があの場所でタブレットを出しても、平然としていた。
周囲が見ても気にしないでいてくれる。
だから、俺も徹といるみたいに気を使わなくてすむ。
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