side 琴葉

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帰ろう。 店を出て、街を歩く。 周りの音を聞きたくなくて、ヘッドフォンをする。 聞いてるのは、音楽ではない。 ・ ・ ・ ・ ・ 「あっ、あっ、あっ、マイクのテスト中です」 「それまで、撮れてるんだけど」 「あっ、ごめん、ごめん。でもさ、何気ない毎日ってやつでいいだろ?」 「私の声も録音されちゃうんだよね?黙っとく」 「黙らない、黙らない。琴葉と話してるの全部とれてていいから」 「何で?」 付き合って3ヶ月。 カラオケボックスに呼ばれた私の前に音はマイクとパソコンを持って現れた。 「もう、俺の耳の寿命は3ヶ月ぐらいかなって思うんだ」 「そんなのわからないじゃん。お医者さんがそう言ったの?」 「医者は、言わないよ」 「だったら、わからないでしょ?何で、勝手に決めるの」 「わかるんだよ!自分の体だからわかるんだ」 「音……?」 震える手で音は、私の頬を撫でてくる。 「聞けなくなってもいいって思ってたんだ」 「えっ?」 「前に琴葉が言ってただろ?雑音(ノイズ)を聞かなきゃならないなら聞こえなくていいって」 「あれは……。仕事場で嫌がらせ受けてたから……生きるのも嫌になってたし」 「俺も同じだよ」 「音も同じ……?」 「うん。同じ……。両親が言い争ってるのも、母さんが自分を責めるのも……聞きたくなかった。だから、早く聞こえなくなればいいってずっと思ってた」 音は、震える手で私の耳に優しく触れる。 「だけどね、琴葉に出会って思ったんだ。聞こえなくなりたくないって……ずっとこの優しい声を聞いていたいって」 「音……」 「だから、俺。聞こえなくなりたくない。ずっと、ずっと、耳が聞こえていたい」 「大丈夫だよ。ずっと、聞こえてるから……ずっと」 この3ヶ月後、音の耳は本当に聞こえなくなった。 それは、突然で……。 音は、小さな子供のように泣き叫んだ。 私は、何も言う事が出来なくてただ隣にいるだけしか出来なかった。 音が落ち着いたのは、徹君が来てからだった。 「琴葉がそう言ってくれるのは嬉しいよ。だけど、もう無理なんだ」 「そんな事ないよ。どうにか出来るかもしれないでしょ?一緒に病院を探そうよ」 「ううん。探さなくていい。これでも、俺の両親がたくさん調べてくれたんだ。だから、もう充分」 「何で、そんな事言うの?」 「泣かないで琴葉。俺ね、神様に感謝してるんだ」 音は、私の涙を拭いながら笑っていた。 「琴葉に出会うまで、完全に聴力をなくさないでくれた事、感謝してる。だから、もう充分なんだ」 「音……。だけど、そのせいで辛いんでしょ?」 「確かに辛いよ。全部聞こえなくなっても、琴葉の声だけはずっと聞いていたかったから……。ずっと、ずっと聞いていたかったから」 ポタポタと音の目から流れてくる涙を優しく拭った。 「琴葉には、俺の声を忘れて欲しくなくて録音しようって思ったんだ」 「音……」 「この先、俺の話し方とかイントネーションとか今よりおかしくなるかもしれない。それも、全部、琴葉には覚えていて欲しい」 「わかった、覚えとく」 「じゃあ、カラオケでも歌っとこうかな?」 「歌?」 「完全に聞こえなくなったら、歌えなくなるだろ?だから……。あっ、でも。もう音痴だよ。寿命近いから、聞こえてるの少ないから」 「大丈夫。私も音痴だから」 音が好きな歌を歌ってる。 今でも、時々鼻歌を歌ってる曲。 今は、完全に音がとれてない。 音の鼻歌を聞く度に、耳って大切なんだと思ってしまう。 お父さんにわかってもらうなんて無理でしょ。 駅前のスーパーについた私は、固まった。 どうしよう?逃げるべき? 走り出そうとした腕を掴まれる。 「あなたに話したいんだけど」 まさか、音のお母さんが今日来てるとは思わなかった。
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