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雪の思い出の続きを、これから二人で──。
しかし、そう思ったのも束の間。現実はそんなに甘くないと、またしても思い知らされる。
「すまんすまん! 息子トイレ連れてったら迷っちゃって……えっと、そちらの男性は?」
そう言って、足早にこちらへやってきたのは別の男性。「え、誰?」と思った次の瞬間──まだ小さいその子供が、深冬に抱っこをせがむ様子を見て全てを悟った。
「高校の同級生! さっき偶然会ってね、お互いもう本当にびっくり」
「ど、どうも。鈴井って言います……」
深冬は既に結婚していた。
さっきは暗くて見えづらかったけど、握ろうとしていた左手の薬指には指輪が付いている。色々と危ないところだった。
「夫とは今の会社で出会ってね。もうすぐこの子も三歳になるの。私なんかが意外でしょ?」
「そんなことないって! 深冬なら良い母親になってるの、想像つくよ」
「ほんと~? 悠く──鈴井くんにそう言ってもらえるなら安心」
思い出の中で僕に向けていた笑顔は、今は抱っこされている息子に向いていた。
付き合う前の呼び名に言い直したのは旦那さんの為だろう。少しショックだったけど──それはもう仕方ない。彼女が僕と一緒に過ごした時間は、遠い過去の出来事になっているのだから。
そりゃ十年も経てば人生は変わる。深冬にも当然、僕の知らないドラマがあって──幸せを彩るような物語があった。顔を近づけて笑い合う家族三人は、雪灯路に負けないくらい、鮮やかに輝いていた。
「じゃあ、鈴井くんまたね!」
家族と合流した深冬は、幸せそうな背中を見せて定山渓をあとにした。
一人、ポツンとその場に立ち尽くす。
寒さが靴を通り越して足の裏に染みる。蘇りかけた思い出は、淡い期待とは裏腹に儚く消えた。あの日歩いた二人の足跡は、もう残っていないと分かっていたはずなのに──。
春はまだ遠いのに、訪れた雪解け。
叶うなら──もう一度あなたと
この雪路を歩きたかった。
-完-
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