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あれは高校三年生の、卒業を間近に控えた冬。生まれ育った札幌での、忘れられない思い出。
僕とは違って活発な性格だった深冬は、「高校最後の思い出を作ろう!」と僕に旅行を提案してきた。普段はあまり外出しないから、少しだけ気が重かったけど──深冬のウキウキした表情を見ていたら、旅行に行くのもいいかもしれないと思い始めた。
行き先は札幌の中心街から少し南に向かったところ。定山渓という、地元では有名な温泉街だ。高校生のお財布にも優しいリーズナブルな宿が多く、おまけに雪景色もすごく綺麗。両親には「少し早い卒業旅行」と言い残し──彼女とひと時の思い出を作りに出かけた。
*
「悠くんさ。"雪灯路"って知ってる?」
宿に着いて早々、深冬がそんなことを言い出す。
「ゆきとうろ……いや、知らない」
「この近くにある神社でね、スノーキャンドルがたくさん並べられるイベントがあるの。夜からだからもっと寒いけど──よかったら行かない?」
スノーキャンドル。その言葉で、この辺りの街の風景を一気に思い出す。ここ札幌や、隣街の小樽では、イベントやワークショップでキャンドルを作るのが定番になっていた。駅前や観光地に並べられるそれは鮮やかなオブジェに変わり、雪で覆われた夜の街をオシャレに照らす。北海道ではよく見る風景だ。
深冬いわく、雪深い景色の中に並べられたスノーキャンドルがものすごく綺麗らしい。聞いているだけでこっちもワクワクしてきた。
「うん、行ってみたいな」
「本当? やったー! 悠くん大好き!」
そう言って僕の手を握った彼女は、そのまま腕をブンブン振り回す。ちょっと痛かったけど──満面の笑みで喜ぶ表情はすごく可愛かった。
夕方まで宿でゆっくりした僕らは、イベント会場まで向かうシャトルバスに乗り目的地を目指す。日が沈みかけた札幌の街並みには、徐々に雪が降り始めた──。
「定山渓神社──そのまんまの名前だ」
「ふふったしかに。ほら、参道からもう綺麗だよ」
「ホントだ……街中で見るスノーキャンドルより全然綺麗だね」
バスを降り、神社の鳥居をくぐるとすぐに分かる。まさに"白銀"という言葉が似合う、積もった雪の絶景。境内へ続くスノーキャンドルの一本道は、まるで別世界へ誘われているかのような感覚に襲われた。
自然とつながる、お互いの手。肌を突くような厳しい寒さとは反対に、彼女から伝わる温もりはとても暖かい。夢中で景色を楽しむ深冬の表情に、僕は夢中だった。
参道の灯に導かれ、どんどん奥へ進んでいく。本当に、見惚れてしまうくらい美しい──そう思い、境内に足を踏み入れた次の瞬間。
目の前に広がる光景を見て、僕は驚きを隠せなかった。
「わぁ──なんだこの景色」
一面に広がる無数のスノーキャンドルが、僕らを出迎えてくれた。幻想的かつ神秘的な光の輝きと、極寒の地だからこそ作り出せる凛とした空気感。この世のモノとは思えない、圧巻の光景だった。
同じ北海道、それも札幌市内のはずなのに──どうして今まで知らなかったんだろう。
「すごいね、悠くん──本当にすごい」
隣で思わず漏れる彼女の声が、この景色の壮大さを物語っている。僕も、一瞬の内に心を鷲掴みにされた。
二人並んで、この景色に酔いしれる。凍えそうな頬に滔々と降りしきる雪が、僕らを包む。お互いの手を何度も握り直し、温もりを確かめ合った。
「何年もずっと、一緒に見れるといいね──」
そう呟いた深冬の横顔を、生涯忘れることはできないだろう。僕も、そうしたい。この雪景色を、愛する深冬とずっと一緒に──そう願っていた。
「あぁ──僕もそう思うよ」
だからこそ、僕は言い出せずにいた。この魔法のような雪が溶け、春になったら──この街から出て行ってしまうことを。
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