雪灯路

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「まもなく、盛岡です。お降りのお客様は、お忘れ物に注意して──」  そんな車内アナウンスが聞こえ、ふと目を覚ます。高速で北を目指す新幹線の窓際。微睡(まどろみ)の中で思い出していたのは、あの日の雪の思い出だった。  雪灯路の開催期間は一週間しかない。この週末を逃したら──おそらく後悔する。そう思って、給湯室ですぐに始発の新幹線を予約した。東京を出発しておよそ二時間半、故郷への道のりはまだ半分以上残っている。 「本当は飛行機の方が速いんだけどなぁ……まぁ、こっちの方が安いし、景色楽しめるからいっか」  そう呟いて、頬杖をつきながら窓を眺める。終着駅に近づけば近づくほど、雪が積もっていく風景が好きだった。上京したての頃は、まだ北海道に新幹線なんて通っていなくて、寝台列車で札幌まで帰っていたほどだ。  流れる街の風景に、徐々に雪が積もり始める。新幹線は青森を抜け、青函トンネルを抜け──遂に北海道に足を踏み入れる。車内に再び日の光が差し込んだ時には、外は真っ白な雪で覆われていた。 「はぁ~、空気が澄んでる──」  乗り換えの為に、函館で一旦新幹線から降りる。本州から離れるだけで、吸い込む空気さえ全く違うことを実感した。ここから札幌までは特急列車で約四時間。北海道に着いても、まだまだ長い帰省は続く──。     *  終着駅に到着したのは、正午を回った十四時半。およそ八時間の旅路の末、ようやく札幌に到着した。 「ふぅ……。ただいま、僕の故郷──」  一月も終わりに差し掛かった札幌は、青空であっても一面が雪景色だ。昼間の日差しでも溶けない街の雪は、この極寒の地ならでは。地元民として誇らしい。  吐く息が白く染まる。マフラーと、東京ではめったに付けない手袋を取り出し、雪の被った駅前を進む。すると──懐かしい街並みの中に、キャンドルを売っている真新しいお店を発見した。 「こんな店あったっけ──。まぁいいや、ちょっと寄り道してこうかな」  雪灯路のイベント開始は夜から。今から向かっても、さすがに早すぎるだろう。オシャレな外観に導かれるように、お店の中へ足を進めた。  店内は北欧風のデザインになっていて、寒さの中にも暖かさを感じさせる空間になっている。その雰囲気に癒されながら店内を回り、たくさんのキャンドルの中から一つ選んで購入。もちろん雪ではなく、こちらはガラス製。それでも、鮮やかに着色された見た目はとても綺麗だった。    お店を出て、再び雪道に足を戻すと──おそらく観光客や地元民が作ったであろうスノーキャンドルが道にいくつも置いてある。この風習はまだ続いているようで安心した。  その隣で、先ほど買ったガラス製のキャンドル、そして即席で作ったスノーキャンドルを二つ並べてみる。中の空洞に炎を灯すと、両方共ちりちりと小さく音を立てて燃え始めた。 「これだけでも充分綺麗だなぁ──」  そう小さく呟いて、二つの光を夢中で眺める。  すると──当然ながら、スノーキャンドルは徐々に溶け始める。素人がその場で作ったクオリティならなおさらだ。一方で、ガラス製のそれは色鮮やかに燃え続けている。そんな光景を、今の自分と重ねてみたりした。  もう十年以上も経った今──僕らが過ごした時間は、雪でできたスノーキャンドルのように溶けて無くなっているだろう。深冬の心の中に、僕との思い出が残っているかは分からない。  だけど──このガラス製のキャンドルのように、まだ僕のことを少しだけでも覚えているなら。そんな淡い期待を(いだ)いてしまう。そもそも僕自身が、まるでガラスが割れないように大切に取っておいた思い出なのだから。 「まぁ──そんな昔の話、覚えてるわけないか」  雪に付いた二人の足跡は、また雪が降れば消えてしまう。そんなことは、北の大地に住んでいた者なら当然分かっている。だから今日は、深冬を探しに来たとかそういう目的ではない。あれから長い月日が経った雪灯路を、久しぶりに見たくなった。それだけだ。  そう言い聞かせ、キャンドルに息を吹きかけて鎮火させる。二つの(ともしび)を眺めて思い出に浸っていたら、思いのほか時間が経ってしまった。ガラス製のスノーキャンドルだけを持ち帰り、再び足を進める。  目指すは思い出の地、雪灯路の会場。あの日と同じ、日が暮れていくと同時に──徐々に雪が降り始めた。
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