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「この通りだっ!」
放課後、クラスメイトに土下座され、小野田雪成は小さくため息をついた。
「嫌だって」
「頼むっ! お前ならできるっ!」
「行ってやれよ。お前なら久野さんだって文句言わないさ」
吉田光樹が口を挟んだ。雪成の幼馴染だ。つい、「お前ならってなに?」と雪成は怒りを露わにした。
「俺のじいちゃんが人殺しだから? 死刑囚だから、不良に一目置かれてるって言いたいの?」
「元、死刑囚だろ。二審で無期懲役に減刑された」
吉田の反論に、雪成はますます気分を害した。
「そんなのどうでもいいんだよ。要するに俺が人殺しの血を引いてるから、久野さんたちに絡まれないで済むって、そう言いたいんだろ?」
雪成の祖父は、カービン銃ギャング事件の主犯格だ。一審で死刑判決を受けたが、二審で無期懲役に減刑された。二十五年間服役し、昭和五十五年、五十二歳で出所。その後は貿易会社で働きながら、冤罪事件の再審支援を行ってきた。
祖父は、自分の過去を隠さなかった。刑期を満了し、罪を償った気でいるからだ。周りの人間も大概だ。改心した祖父を聖人のように扱う。刑は社会的制裁でしかなく、償いではないと考える雪成は、出所後、精力的に活動する祖父のことを嫌っていた。
「そんな言い方すんなよ。お前のじいさん、立派な人じゃん」
吉田は、土下座しているクラスメイトの手から、シューズ袋を取り上げた。雪成の胸に「ほら」と押しつける。
「バレたらこいつ、きっとボコボコにされるぜ? クラスメイト見捨てんなよ」
至近距離で睨み合いながら、雪成はシューズ袋をひったくった。
「返すこともできないなら、勝手に人のもん取るなよ」
雪成が言うと、土下座しているクラスメイトは顔を上げ、ヘラっと笑った。
「わり、マジで感謝するわ」
舌打ちし、雪成は三年四組の教室へ向かった。シューズ袋には「久野彰」と書いてある。クラスメイトは勝手に三年の体育館シューズを拝借したのだ。よりにもよって、不良グループの一員から。そして案の定、返しに行くのが怖くなったのだと言う。
三年と出会さないよう、非常階段を使い、ベランダを匍匐前進しながら三年四組を目指した。
「で、なに? 俺はやく帰りてえんだけど」
声が聞こえてきた。雪成はタイミングの悪さを呪いつつ、気配を消し、人気が去るのを待った。
「あのこと……好きとか言って、悪かった」
好き? グッと心臓を鷲掴みされたような気がした。だって声はどちらも男だ。
「あのさあ……」苛立つ声。「言ったら終わりなんだよ。そういうの。お前は言ってスッキリしたかもしんねえけど、こっちはそういう目で見られてたんだとか、今までの関係はなんだったんだとか、いろいろ考えてキツイんだよ。お前には俺の気持ち、わかんねえと思うけどさ」
「……悪い」
「お前ってホモなの?」
「……他の奴には言わないでほしい」
「だったら最初から告るんじゃねえよ。俺がオッケーしたらどうするつもりだったんだよ。隠れてコソコソ付き合うつもりだったわけ?」
さすがに責めすぎだろと思ったが、止めに入る勇気はない。耳を澄ませる。
「付き合えるとは、思ってなかった」
「だったら、なおさらっ、告んじゃねえよっ!」
「……悪い。もう俺からは話しかけないし、近づかない」
「ああ、そうしてくれ。こっちは顔も見たくねえんだよ」
床を踏み鳴らしながら、気配が遠ざかっていく。シン、と静まり返った。
もう、誰もいないか? 全く気配がないが、足音は一人分しか聞いていない。雪成が動けずにいると、ガタン、と大きな音がした。
思わずひょこっと中を覗いた。一つ机を倒し、男が床に倒れていた。
「まじかっ……」
相当ショックだったのか。雪成は高校二年生だが、未だ恋愛感情というものがわからない。
「大丈夫ですかっ」
とりあえず駆け寄り、肩を叩いた。無反応。抱き起こし、また衝撃を受けた。倒れていたのは久野彰だった。ただでさえ色白の顔が真っ青だ。目を閉じていても整った顔につい、時間を忘れて見入ってしまう。不良集団の一員だ。こんな直近で見れる機会などおそらくもうない。
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