死刑囚の輪廻

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   三好は将棋のルールを知らなかった。清治が指摘すると、彼は悲痛な声で「覚えますから、教えてください」と言った。口頭ではさすがに無理がある。 「できねえならそう言えよ」  呆れた口調で言うと、「すみません」とか細い声が返ってきた。 「いや、怒ってるわけじゃねえから」 「……やっぱり僕が隣では、つまらないですよね」  なんつうネガティブな。清治は死刑判決を覆すために日々法律を猛勉強している。一審は弁護士に任せっきりだったのが悪かった。自分の命だ。今度は自分で答弁し、生命を勝ち取る。清治が斎藤と親しくしているのは、斎藤も同じく、死刑を不服として高裁の準備を熱心に行っているからだ。無気力な人間は、清治がもっとも嫌う人種だ。 「あんた、裁判じゃ否認してたんだってな」  そういう『戦略』の人間もいるが、様々な判例を見るに、それは悪手だと清治は確信している。罪は潔く認めた方がいい。ただ三好の場合、死者が多いから、正攻法では到底勝ち目はない。彼が生きる道は、キチガイを演じるか、冤罪を訴える以外にない。 「……僕はやってません」 「俺は裁判官じゃねえ。こんなとこで嘘なんかついて何になる。いいよ。俺だって殺人犯だ。腹割って話そう」 「僕は、本当にやってないんです」 「そうかい。じゃあどうして再審請求しないんだ」  最高裁で死刑が確定すると、十日以内に「判決訂正の申立」をする。これも棄却されると、あとは死刑の執行を待つだけである。これを覆すには、新証拠を見つけ出し、再審請求をするしかない。全くの新しい証拠を見つけ出すのは至難の業だ。でも冤罪を主張するなら、外に支援者を作って、戦うべきだ。三好は著名で顔も良い。呼び掛ければ、きっとそれなりの人数が集まるだろう。それだけで、再審の扉は開かれるかもしれないのだ。あんたはそういう努力を少しでもしたのかと、清治は腹が立ってきた。 「やってねえんだろ。だったらやれること全部やって、減刑でも無罪でも勝ち取れよ」  返事がないことに、ますます苛立った。 「俺は人を殺したよ。でも死刑にはなりたくねえ。だからやれることは全部やる。あんたもやってねえって言うんなら、諦めないで戦えよ。一緒にこの世にしがみ付こうぜ」 「……何をしたらいいんでしょうか」  またこいつは、軟弱なことを。 「僕は、絵しか描いてこなかったんです」  やってないと言われても信じなかった。否認する凶悪犯をたくさん見てきたからだ。でもこの時、隣の男は本当にやっていないのではないかと、清治は思った。  
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