2 大切にしていたこと

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「ああ。……俺はどこで育て方を間違ったんだ。あの素直で優しくて思いやりがあって清らかで可愛い天使ような菫はどこにいってしまった? いや。菫は今でも世界で一番可愛い。かわいいぞ? だが!! あああっ。なんだ。なんなんだ? 『ソレ』は! あいつか? あの、チャラ大学生か!? あんな単に表面上の配列のバランスが他者の視覚的に好感を持って受け取られるだけ男にお前は何をされたんだ! てか、何をさせたんだ!?」  そこまで息継ぎなしでまくし立てて、椿は立ち上がって菫に詰め寄った。こうなると分かっていたから、刺激しないようにしていたのに、失敗した。説教が30%増になるのを覚悟する。 「大体! あいつ、まだ大学生だろう。親に養ってもらっている身で、人様の大切な弟に手を出すとは笑止千万! 菫が世界で一番可愛いことは確かだ。その魅力に気付いたことは褒めてやる。建築科だといったか? 審美眼は狂ってはいないようだ。だが、しかし!! 可愛いカワイイかわいい弟をキズものにされて黙っていられるか!! 俺が! 大切に大切に大切に育ててきたっていうのに」  菫の肩を掴んで、力説する椿。  少しだけ歳が離れている上に、父母に面と向かって『いらない』と言われた可哀想な弟を親代わりに面倒見ているうちに父親のような気持ちになったのだろうとは想像できる。しかも、たった二人の兄弟だ。両親がいない椿にとっても菫と祖母は三人だけの家族なのだ。大切に思うのは当たり前だけれど、それにしても何事に対しても感情的になることが殆どない椿が菫のこととなると目の色が変わって怖い。 「にーちゃん。あのさ。せめて。服。着させてくんない?」  と、ここまで風呂上がりで素っ裸のまま説教を聞かされていた菫は、ぼそり。と、呟いた。夏とはいえ、風呂上がりの体を拭きもしないで説教はきつい。てか、いくら兄弟とはいえ、恥ずかしい。せめて、タオルくらいは巻かせてほしい。 「Σ(゚Д゚)」  あまりにも当然の菫の主張に、何故か、椿はまたしても驚愕した。  驚愕の表情のまま、素っ裸の菫の上から下まで観察している。厭らしさは全くがないが、気分は良くない。 「ま……まさか。これ以上俺に見せられないようなナニかが……そ……そんな……ことが」  ナニをどう誤解したのか、よろめいて後ずさる椿に菫はため息を一つ。 「もーいーから出てけ!!」  よろめいた椿を脱衣所から蹴り出して、菫は引き戸を閉めた。すぐに始まると思っていた説教が聞こえない。かわりにぶつぶつと何かを呟いている声が微かに聞こえる。 「……ったく」  ため息交じりに呟いて、菫は着替えを済ませるのだった。
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