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1 遠い激情
その林には沢山の動物が住んでいた。
鹿、猪、狸、狐、リス、イタチ。そして、人。村からやって来ては、そこで糧を得て、仕事をし、帰っていく。必要以上に取らない、だから、林も人を拒まない。かつてはどこの里山でも当たり前だった、そんな関係がそこにはあった。
その松林の中に社はあった。何時からあったのか誰も知らない。古い社だった。
そこに、一匹の狐がいた。
ただの狐ではない。
身の丈六尺五寸の大狐だった。それは大層なイタズラ狐だったが、イタズラをする相手は決まって、村人を苦しめる役人だったり、金儲けのために汚いことをする商人だったから、村人たちは密かに狐を応援したものだった。
「おうおう。聞いたかい? 黒羽狐がまた、やってくれたぞ」
「今度は何をやったんだい?」
「あの悪名高い角屋の娘の婚礼で娘と下男に化けて、婚礼料理を全部食らってしまったそうだ」
「あとで嫁いできた娘はボロを着て、泥の紅をさしておったそうな」
「これは愉快。
角屋が豆を買い占めて、正月を越せないと嘆いていたものはさぞや喜んでおるだろう」
「この前の乱暴者の悪たれ相撲取りに牛のクソを食わせたときといい。黒羽狐は俺達の英雄だ」
面白おかしく身振り手振りを交えて話す村人の顔は輝いていた。
それを松の枝の上に寝転んで聞いている影があることに、彼らは気づいてはいなかった。
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