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22話 フラッシュバック②
「カッ……、ハ…」
どうしたのかと思って喉のあたりを確かめるが特に何もない。戸惑う。
「ネフィリム様!? どうなさいましたか、お顔が」
ミモザがネフィリムを心配して手を伸ばす。
『領主様のご命令です。姫の体をこれ以上なく清く保つことと―――』
死んだような顔で体を触ってくるテルラムントの女たち。
その感触と表情がフラッシュバックした。
「……触る、な!」
立ち上がり、ミモザの手を振り払う。
すぐにシグルズが動いた。
「ミモザ、後で説明する。今は下がってくれ」
固い顔をした女中は、声を発さずに頷きそのまま食堂を退出した。
「あ、……」
ネフィリムは両手で頭を抱える。
ここはどこだ?
帝国。
あの吹雪の中で、私は。
「ネフィル、落ち着け。俺はシグルズ、ここは俺の屋敷だ、分かるか?」
母上……兄さん。
兄さんはどこだ。
いつも私を守ってくれる、兄さん。
「いやだ……」
私は女じゃない。
触るな。
気持ち悪い。
でも、みんなを守るためには私が女でないと……
ぐいと勢いよく腕を引っ張られ、大きくて温かいものに包まれる。
「え…? あ、」
夜、眠れないときには兄さんが優しく抱きしめてくれた。
兄さん?
違う。
これは、兄さんじゃない。
でも、安心できる。
私を守ってくれる―――人。
「シ、グルズ」
「ここはテルラムントじゃない。大丈夫、俺が傍にいるから」
シグルズが抱きしめてくれていることに安心する。
動悸がおさまり、徐々に呼吸のペースが戻ってくる。
すう、と息を吸えば鼻腔がシグルズの香りで満たされた。
目を閉じると彼の鼓動を感じられる。
思わず、たくましい騎士の腕に自分の手を添えた。
「………少しは落ち着いたか」
クスリと笑いながらそう問われて、ネフィリムはハッとした。
シグルズに抱きしめられて、自分もそれにすがっている格好。
「あっ……! す、すまない……えっと」
「別に減るものじゃないから構わないが。もう離しても大丈夫か? それとももう少しだけこうしているか」
「……離してもらって大丈夫だ!」
名残惜しさを感じたことはもちろん口に出さない。
「その……取り乱してしまって、すまなかった」
「謝罪されるよりは感謝してほしいな」
シグルズはネフィリムの横に片膝をつき、黒い瞳を真っすぐに見つめた。
「君は自分で考えているよりも傷ついていると思う。ここは君にとっての敵国だし、ファフニルが行ったことも最低の行為だ。だから辛いときはちゃんと言ってくれ。少なくとも俺を含めて、この屋敷にいる人間はネフィルを害することはしない」
「なぜそんなに優しいのだ、シグルズは」
ずっと聞きたかった疑問が口を出た。
「私はニーベルンゲンの人間で、帝国との戦争を主導していた張本人だ。あなたの仲間を何人も殺している」
「ああ、そうだな」
シグルズは特段表情を変えずに頷く。
「確かに私の存在がテルラムントやカドモスに渡れば不都合があるかもしれない。だが、それならミドガルズの皇帝に渡してしまえば済む話だ。第一こんな待遇で迎えてもらう必要は……」
「ネフィル」
シグルズの口調は穏やかだったが、それは明らかにネフィリムの話を遮る意思を持った呼びかけだった。
「今日は二人で話をしようか」
シグルズは立ち上がって窓のほうを見る。
「もし君の体調が許せばだが……森を散歩しながらでも」
ヴェルスングの森。
それは二年戦争でニーベルンゲンとミドガルズ大帝国が最後に戦った地。
そして、シグルズとネフィリムが初めて会った場所でもあった。
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