旅情、落つる花弁。

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 小学生は名札の着用が義務付けられている。空を見上げ白い溜息を零した少年は、この巫女が先日肝試しで読んだホラー漫画のような怪物では無い事を悟った。子供の想像力は時に悪い方向へと働いてしまう。少年は暴れる鼓動を抑え、会釈して公園へ向かおうと歩みを再開しようとする。 「ちょっと待って。暇やからお話しようや」 「すみません。友達を待たせているので」 「それって一時間後からやろ? 全然時間あるやんね?」  缶珈琲を玉垣の上に置き、巫女は睨めつけるように彼の瞳へと視線を合わせる。飴細工を落として割る直前のような繊細な時間が両者の間に流れている。その一瞬で巫女は場違いな食欲を、少年は言葉の真意をそれぞれ手に入れた。頬が巫女服よりも赤く色付いて笑う巫女に、青ざめた顔で震える少年。出会ったこの数瞬が少年の運命を捻じ曲げるとは知らぬままに、少年は思い出していた。この地に伝わる気味の悪い御伽噺(おとぎばなし)を。  花弁が寒さによって落ちる季節、舌が二つに割れた女に近づくなと。近付いた者は現世と断絶した場所にてその化物に殺されると。祖母の哀愁に満ちた顔を思い出しながら、彼の指先は震えていた。 「お話、しようや?」  二つに割れた舌が健康な視力によって捉えられた。
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