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しかし、事実として彼は今電車に揺られて座っている。伝承話は全てが正しい訳では無かったのだ。巫女は本殿に彼を招き、大層なもてなしを受けさせた。酒は当然飲めないので甘酒が用意され、何故か把握されている好みの食材に疑念を抱きながらも口に運んだ。観光客の声も聞こえず、心臓の鼓動が叫ぶばかりだった。窓の外を見ても粗末な枯れ木が見えるだけで、人一人その瞳に映す事は無かった。
「怖いんかな? そんな固くならんでええよ」
「……僕は、どうなるんですか?」
問いには答えず、巫女は深呼吸をする。
本殿の中には大きな神棚と鏡が置かれている。内部には月光しか入らず、目を凝らさないと巫女の姿は見えない。蛍光色の少年の靴が端っこで小さく存在証明している。退屈に満ちた日常とは違う、しかし少年が望んだ物ではない非日常が空間で浅ましく呼吸している。
「雪凄いねえ。寒くない?」
「――」
「無言は止めてや。仲良くなりたいだけなんよ」
少年は無言を貫き、毎秒を呼吸に費やす。
御伽噺を信じる少年にとって、目の前で微笑む巫女は恐怖の象徴だった。あの二つに割れた舌が自分に何を齎すのか、涙が零れそうな程に混乱していた。
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