旅情、落つる花弁。

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 土手に咲いた白花が列車の窓を通してパノラマの如く躍動している。微かに積もり始めた雪は季節が冬の佳境を迎えた事を如実に反映していて、暖房が効いたこの場所からは離れ難いなと八雲崇(やくもたかし)は嘆いた。  彼が今この列車に乗り込んでいる理由は複雑な事情が絡まっているのだが、簡単に申せば友人との約束事を果たす為であった。それも十数年越しの命を懸けた約束であり、大袈裟に言えば人生の集大成になり得る事柄でもあった。  約束事を取り決めた思い出の日は酷く吹雪いた冬のある日の事だった。神を祀る為に詰め掛けた観光客の群れを抜け、本殿を超えて向こう側にある小さな公園に向かおうとしていた。当時少年だった八雲には何故人がこの祭りに熱狂しているのか分からず、寧ろ気味悪がって近付きたくなかったのだ。しかし友人が雪だるまを作りたいと言って煩かったので仕方なく神社を通り道として使ってしまった。  少年はその日、多分今日以上に美しさを知る機会は生涯で無いと直感した。鳥居の前で佇む紅色の巫女装束を着飾ったうら若き女性の手には大幣(おおぬさ)が握られていて、背後に建っている玉垣すら頭を垂れて恭順しているように見えたのだ。彼の視力は両眼ともに健康であり、眼鏡もかけていない。しかし度が合わないレンズをつけているような歪みを感じてしまう。まるでそこにいるべきではない存在が立っているぞと訴えかけるような。 「こんにちはあ、八雲くん?」 「!? 何で、名前……」  妖艶に微笑む巫女はその白く細い指先を彼の胸元につける。体温は感じられない。冬故に体温が凍ったのか、それとも巫女は――。 「名札付けとるもん。学校帰りなんかな?」
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