好条件

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好条件

 街路樹の桜はほんわかピンク色。蕾は色づき今にも開きそうだ。もうすぐ新学期。私は短大生になる。高校時代はゴムで束ねていた髪もボブに切りそろえ、少し茶色に染めた。切りたての毛先が頬に当たりむず痒い。 「申し訳ありませんが、もう空きはありません」 「そこを何とか!」  進学を期にひとり暮らしをしようと考え、少し遠くの短大を受験した。めでたくサクラは咲いた。両親を説得して説得して説得して、やっとひとり暮らしの許可が下りた。しかし時既に遅し。3月になって勇んで不動産屋に来てみたが、既に空きはないという。 「ひとつくらいありますよね? ボロくてもいいです。少しくらい遠くてもいいです」 「大分遠くならありますが。車はお持ちですか?」 「自転車なら」 「自転車だと50分かかりますが」 「せめて15分以内で」 「ないです」  そんな問答を1時間も繰り返していただろうか。奥でイライラしながら見ていた恰幅の良い中年の男性がファイルを持ってやって来た。 「お嬢さん」 「大空(おおぞら)です。大空ひなたです」 「大空さん。どうしても、とおっしゃるなら」 「あるんですか?」 「ない事はないです」 「ある事はあるんですね?」  男性は持っていたファイルをテーブルの上に置き開いた。その瞬間、それまで眠気を誘うほど暖かかった店内に寒気が押し寄せてきた。 「しょ、所長、それは!?」 「うん」 「しかしそこは……」 「大空さんもお困りのようだ。一応説明してさしあげなさい」 「でも……」 「えっ、短大まで徒歩10分? 自転車なら5分かからないかも。わぁ、お部屋もオールリフォーム済。キレイですね。えっ、家賃やっす! 決めます、ここでお願いします」  私はハンコを取り出した。 「いや待ってください。説明を聞いてください」 「近い、安い、きれい。三拍子揃ってるのでここでいいです」 「いえ、こちらの物件は告知をする義務があるんです」 「告知?」
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