*もじ

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*もじ

思った以上に帰りが遅くなってしまった。 明るくなった空を見上げて、その眩しさにロトは目を細める。 「まさか学園で夜を明かすとはねえ」 朝までには帰ると言って家を出てきたが、もう昼だ。 タツ先生や他の先生も交えて話し合っていたら、気づいたときにはこんな時間になっていた。 もし受け持ちの授業があったら帰れなくなるところだった。 早く帰ろう、と足早に学舎を出た。 門番に軽く頭を下げると、目を丸くされた。 昨日の夜と同じ人だ。 一度家に帰って、また出勤してきたのだろう。 「ロト先生、今お帰りなんですか?」 「そう、話が長引いちゃって。いつもお疲れ様」 「お疲れ様です」 ふわあ、とあくびを一つしてから、ロトは箒に乗る。 また箒から落ちる、なんてことはしないようにしたい。 家に向かって空を飛びながら、街をぼんやりと眺めた。 いつも通りで、特に変わった様子もない。 今度は森に目を向ける。 結界の外から見れば何の異変もないただの森だが、少しでも結界の中に入ると宇宙船が目についてしまう。 木々の緑の中で、大きな白い物体はかなり目立つ。 まわりの木は倒れているのだからなおさらだ。 森の結界のおかげで、宇宙船が落ちてきたということは、学園や街の人たちにはまだ知られていないらしい。 「目くらましでもかけないとダメかな……あのままだとやっぱりまずいよなあ」 上空に浮かんだまま、ロトはしばらく考える。 この森は師匠から譲り受けたものだ。 住んでいる家も元々は師匠のものであり、森の奥にある。 森の中の街に近い区域は好きに出入りしていい、と言っているため、街の人たちもよく出入りしているのは知っている。 ただ、森の上空は飛ばないように、と街の人には伝えている。 森に入ってある程度の距離から、上空には結界が張られている。 他にも、森の奥になると家へ続く道以外は結界が張ってある。 この結界はロトが張ったものではなく、ロトの師匠が張っていた結界。 ロトの師匠は人との関わりを嫌い、森に人が近づかないように何重にも結界を張っていた。 その結界、森の結界は結界の中でもかなり強力なものになっている。 この結界も、ロトが師匠からそのまま引き継いだ。 師匠はどうやら、ロトにも結界を管理する権限を渡してくれていたらしい。 結界の内外や、結界自体に異変があったときはロトでも分かるようになっている。 うーんと考えたまま、ロトは結局家に向かって下りていく。 またあとで考えよう。 家の庭に着地してリビングへ目を向けたら、スクと鹿野が机に伏せているのを見つけた。 「あれ」 ロトは目を丸くする。 ここで寝ているということは、ロトの帰りを待っていたのか。 申し訳ないことをしたな、と思いながら、そっと家の中に入った。 二人に毛布をかけてから、積み重ねてあった藤田の本を手に取る。 少し前に、藤田たちがこの本を囲んで話し合っていることがあった。 話の内容から察すると、宇宙船の修理ができるかどうか、というものだったらしい。 「無理だ」と言う鹿野と「やってみなきゃ分からない」と言う松原に挟まれ、藤田が困ったような顔をしていたのは覚えている。 おそらく、この本が宇宙船の修理に何か関係している本なのだろう。 文字が読めないから、ロトとスクは三人が持っている本の内容は分からないし、三人も二人が持っている本の内容は分からない。 文字が読めさえすれば、少しは状況が変わるかもしれないのだ。 「うわ、なんかそんな魔法あったと思うんだけどな……あの魔法なんだっけな……」 顔をしかめたロト。 言語通訳は、今までにも使ったことがある魔法だった。 ただ、文字を読めるようにする魔法は今まで使ったことがない。 師匠は何か使っていたような気がするが、はたしてあれは何の魔法だったか。 「アンテルプレート……いや、これは違うか……インテルプレテ……インテルプレテ?」 疑問系で唱えたものだったが、なにやら文字が反応した。 あ、とロトは目を丸くする。 「読めるようになった」 ロトが持っていた本の題は『宇宙船の設計図』だった。 忘れてしまう前に、急いで魔法を簡略化する。 「どうしようかな、言語翻訳でいいか」 インテルプレテという呪文を、言語翻訳と書き換える。 他の本は、と辺りを見回すと、他の本には適用されなかったらしく、まだ読めないまま。 「言語翻訳」 今度ははっきりと唱えると、他の本の文字も読めるようになった。 もっと早くこの魔法を思い出せばよかった。 ロトはため息をつく。 話している言葉が通訳できるのならば、書かれている文字も翻訳できておかしくないのに。 「みんなにもかけよ……フジとか喜びそう」 藤田とはなんだかんだで話が合うため、いろんなことを話していた。 藤田が研究していた分野と、ロトが興味を持っている分野が重なっていることも、会話の中で分かっていた。 お互いに本は持っているものの、文字が読めず内容の理解に時間がかかることを嘆いていたため、これはかなりありがたい。 「でもまずは、スクと話をしないとなあ」 机で寝ているスクと鹿野を見て、苦笑した。 起きる気配はまだない。
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