*なにかおちてきた

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*なにかおちてきた

「ロトちゃーん、人が来たよ」 庭にいるはずの学生が、外から声をかけてきた。 古い本を相手に苦戦していたロトは、顔をしかめて庭を振り返る。 学生は黒いマントを身につけて、両手を作物に向けて広げていた。 作物に水をかけているらしく、辺りはキラキラと輝いている。 「えぇー、追い払っておいてよ」 「あれ、たぶん学園の人だよ? ロトちゃんが出ないと」 ため息をついたロトは本を机の上に置いて、椅子にかけていたマントを手にとった。 「スク、一回家の中入ってて」 「はーい」 スクと呼ばれた学生は水をかけるのをやめて、靴を脱いで部屋の中に入る。 スクのマントも水に濡れたのか、輝いていた。 「めんどくさいなあ、もう」 ぶつぶつ言いながらも、黒いマントを羽織ったロトが靴を履いたのと同時に、家のチャイムが鳴った。 嫌そうな顔をしてチャイムの音を消すと、ロトは家の門に向かっていく。 スクは不安そうにその姿を見送った。 ロトがだるそうに門の前まで歩いていくと、訪問者が目を見開いた。 「ロト先生! いつになったら学園に出てくるんですか! 講義を何回休講にするつもりですか!」 「はいはい、わかったよ。うるさいなあ」 「うるさいなあ、じゃないんですよ!」 キャンキャン吠える訪問者に、顔をしかめたロト。 訪問者は学園の教務課の人だった。 よりによって一番面倒臭い人物が家までやってきたものだ。 「俺の授業がなくて困る人なんていないでしょ」 「いるから言ってるんですよ!」 はあ、と門に寄りかかり、頭を掻いた。 そう言われても、そもそも何の授業の受け持ちがあるのか覚えていない。 「俺の担当授業は何だっけ」 「そう言うと思ってましたよ。水魔法学概論、水防御魔法学、生産水魔法学とあとは」 「あー、わかったわかった。わかったってば」 顔の前で手を振ったロト。 「あの授業はどうなったの? 宇宙魔法学」 「宇宙魔法学ですか?」 「そう。俺、宇宙魔法学の授業受けたいわ」 ぽかんとした顔の訪問者。 その顔がだんだん怒りに染まっていくのを見て、ロトは失敗した、と一歩下がる。 「他の先生の講義を受ける前に、自分の講義を開講してください!」 「わかったわかった、わかったよ。来週から開講するって学生に伝えておいて」 呆れ顔のロトが、手で訪問者を追い払う。 訪問者は不承不承、帰って行った。 「ロトちゃん、学園の人帰った?」 スクが庭に続く窓から顔を出している。 「帰ったよ。帰ったというか、帰らせた」 ロトは頭を掻きながら、マントをバサッと脱ぐ。 家の中にいたはずの犬が、ロトの足元に駆け寄ってきた。 この犬はユキという名前だが、白い犬ではなく茶色の毛の犬。 ロトがユキを撫でると、ユキは気持ちよさそうに目を細めた。 「やっぱり講義の話?」 「そう。スクもちゃんと授業には出なよ」 マントを椅子にかけて、また先ほどと同じように古い本に向かったロト。 「俺はちゃんと学園には行ってるよ。ロトちゃんは先生じゃん」 「先生でも学園に行きたくないときはあるの」 今度はスクの足元をうろつき始めたユキを見て、スクは苦笑した。 「でもロトちゃん、先生なんだから講義はしなきゃ困っちゃうよ。ユキ、ご飯食べよっか」 ワン、とひとつ吠えたユキと一緒に、スクは台所へと消えていく。 「それはそうなんだけど」 ロトは小さく呟いて、うーんと伸びをした。 「あーあ、空から本でも降ってこないかなあ」 「変なこと言ってないで、ロトちゃんもご飯食べるならおいでー」 スクの声に、はいはい、とロトも立ち上がる。 机に向かおうとしたとき、外からバキバキ! という大きな音が聞こえてきた。 その音に少し遅れて、家が揺れる。 「えっ」 ロトもスクも、咄嗟に窓の外を見た。 今の音と振動はなんだ? ワンワン! と吠え始めたユキをなだめながら、スクはロトの顔色を伺う。 ロトは険しい顔になっていた。 「結界、張ってるんだよね」 「うん。外の音は聞こえないようにしてるし、森の中の音も外には聞こえないようにしてる」 「ってことは、森の中から聞こえた音だよね?」 「としか考えられない。結界に異常はないし……可能性としては」 指を一本立てたロト。 「……空?」 スクが目を丸くした。 「なにかが空から落ちてきたのかもしれない。空に対して結界は張ってないから。確認してこないと」 「あ、待って。俺も行く」 マントを手に取ったロトを見て、スクも慌ててソファに置いていたマントを手に取る。 「飛ぶよ。近いとは思うけど、何が落ちたのかわからないから」 「わかった」 「ユキはちょっとお留守番しててね」とユキの頭を撫でるロトを横目に、スクは庭に出て箒を二本持ってくる。 「はい」 「ありがと。行こうか」 箒に腰掛け、ふわりと浮いたロト。 スクも箒にまたがって、ふわりと浮き上がった。
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