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タツ先生は椅子に座ると、ロトにも椅子を勧めた。
「私が対応しますよ。学生課の担当ですから」
あー、と目を泳がせたロト。
正直に言うと、ロトはタツ先生のことが少し苦手だった。
ロトもタツ先生に教わっていたくらいの、大ベテランの先生なのだ。
人として苦手なのではなく、立場上苦手なだけ。
学生時代を知られている相手と話すのは、どこか気まずい。
「それとも、私ではない方がいいですか?」
「いえ! そんなことは!」
ロトは慌てて椅子に座った。
他の先生よりはタツ先生の方が信頼できる。
「箒は床に」
「ごめんなさい」
手に持ったままだった箒をやっと床に置いた。
タツ先生と話していると、学生に戻ったような気持ちになる。
「それで、スクと言っていましたね……まだロト先生が保護されているんですか?」
タツ先生が振り返ると、壁に並んでいる棚の扉が開いた。
棚から一束の紙が飛んでくる。
表面には『三年生 スク』と書かれていた。
学生の成績や家族構成などの、個人情報が記録されている冊子だ。
この冊子を見れるのは、基本的には学生課の担当の先生だけ。
「はい。スクの親から手紙が届くことがあるんですけど、それを見る限りはまだ家には帰せないかな、と」
「その手紙は?」
「あります」
ロトはポケットから手紙を取り出し、そのまま手渡そうとする。
しわくちゃになった手紙を見て、タツ先生は顔をしかめた。
「どうしてきちんと保管をしないんですか」
「すみません」
頭を掻いたロト。
ぐしゃぐしゃにするつもりはなかったのだから、仕方ない。
「……なるほど、スクは三年生ですからね。このあとどうするか、というところですか」
手紙を読んで、ふむ、と顎に手を当てたタツ先生。
「はい。スクは学園に通い続けたいって言ってますし、俺としてもそのくらいならどうにでもできるんですが」
「俺」
「あ……私、です。はい」
そうだった、とまたロトは苦笑する。
タツ先生は言葉遣いにも厳しい。
先生であるならば、「俺」ではなく「私」と言いなさい、と何度注意されたことか。
それでも普段は「僕」で、学園では「俺」と決めているため、うっかり「俺」と言っては毎回注意されている。
「そうですね、スクは優秀な学生なんですけど……科目によってばらつきがある、と言いますか」
タツ先生にじとっとした目で見られ、ロトはあはは、と顔をひきつらせる。
「特に水魔法と風魔法が得意なようですが、スクは風魔法属性の魔力ですよね? どうして水魔法も同じ水準まで上がっているのでしょう?」
「それは……スクが努力したんじゃないでしょうか……」
苦笑しながら返すと、タツ先生はため息をついた。
「水魔法学の担当があなただから、と疑っているわけではないですよ。客観的に見てもスクの水魔法は評価相応ですから」
それはそうだろう。
ロトは知っている学生だからと言って、ひいきするような人ではない。
知っている学生だからこそ、少し厳しい目で見る。
そんな目で見ても、スクの水魔法は学年トップ相応のものだった。
「むしろ風魔法学のハナ先生が、一位だった学生を贔屓しているように見えますけどね。あの学生よりも、スクの方が風魔法は上手でした」
タツ先生の言葉に、ロトは目を丸くする。
「タツ先生はそう思いますか?」
「そう思いますよ。ロト先生はどうですか?」
ロトもずっと思っていたことではあったのだが、今までに言う機会がなかった。
ロトは風魔法学に対する権限は何も持っていない。
それが、タツ先生も感じていたことだったなんて。
「思ってました。ただ、水魔法学の先生としては風魔法学の先生と仲が悪くなるわけにもいかなくて」
「そうですよね。基礎魔法学の先生同士の仲が悪いとなれば、学生も気を使いますしね」
スクの記録を見ながら頷いているタツ先生。
「賢明だと思いますよ。火魔法学の先生と土魔法学の先生は仲が悪いので、学生が困っていますから」
そういえばそうだったな、とロトも苦笑する。
ロトは授業以外では学園にいないことでも有名な先生だ。
そのため、先生同士の関わりも少なく、良くも悪くも面倒くさい人間関係はない。
学園にあまりいないから、他の先生と揉めようがないのだ。
「スクが通い続けたいと言っているなら、学園としては歓迎できるものですよ。一部怪しい科目もありますが、全体としてはむしろ通い続けていただきたい学生ですからね」
パタン、と冊子を閉じたタツ先生。
「正式に、スクをロト先生の弟子にするのはいかがでしょう?」
「……俺の弟子?」
思わず「俺」と言ってしまったが、咎められる様子もない。
「はい。現状も弟子のようなものでしょう? そうすれば、学園としてもスクの親御さんに話を持ちかけることができますから」
うーん、とロトは唸る。
スクのことを正式に弟子にするかどうかは、かなり悩んでしまう。
スクは簡単にロトの弟子だと言うが、ロトの弟子という立場はかなりの責任がついて回ることになる。
スクがそこまで理解できているかどうかはかなり怪しい。
「それと、学園としての事情を申し上げるなら。ロト先生が弟子を取らないと、他の先生も弟子を取りにくいそうですよ。特に水魔法学が」
へ、と目を丸くしたロト。
確かに、弟子を取っている先生が今まで比べると少なめだとは思っていたけど。
「私に弟子がいないから、なんですか?」
「そうですね。自分の立場を考えてみたらいかがですか? そもそもあなたは水魔法学の最高責任者でしょう」
タツ先生の言葉に詰まる。
正論だ。
最高責任者が弟子を取っていないのに自分が弟子を取っていいのか、と他の先生たちが思ってしまってもおかしくない。
「授業の休講数も多いのですから、弟子を取って、ロト先生の代わりに授業をやっていただいた方がありがたいです」
「……はい。すみません」
思わず苦笑したロト。
ロトがきちんと授業をすることは諦められているらしい。
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