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#進むべき道
「ロトちゃん、帰って来ないねえ」
机に伏せながら庭を眺めているスク。
夕飯後から、ずっとこれだ。
ユキは部屋の隅で寝る体勢に入ってしまっている。
「まだ帰って来ないと私は思いますけど」
「うーん……」
スクに付き合って起きてはいたものの、そろそろ眠くなってきた。
鹿野はひとつ欠伸をする。
「寝ていいよ。気にしないで」
欠伸に気づいたのか、スクはこちらを見ずに呟いた。
「いや、気になるってものでしょう。ここまで付き合ったんだから、最後まで付き合いますよ」
「そっか」
藤田と松原はすでに二階に行っている。
一緒に本も何冊か持っていっていたため、寝てはいないだろう。
皆、突然学園に向かったロトのことが気になっているのだ。
「にしても、ロトはちゃんとスクが学園に行きたいってことは分かってたんですね。スクが悩む必要、なかったんじゃないですか?」
「そうだったのかもね。ロトちゃん、すごいなあ」
スクが進路で悩んでいる、という話は藤田から聞いていた。
ある程度の自由があれば、どの惑星でも進路は悩むものなのだろうか。
頬杖をついた鹿野。
自分が進路で悩んでいたのは、もう遠い昔のことだ。
「シカ、一つ聞いていい?」
「何か?」
「シカたちって、何歳なの?」
スクの質問に、まばたきをした鹿野。
「……はい? 今更ですか?」
あはは、と笑ったスク。
「いや、急に気になったの。ロトちゃんとあまり変わらないのかな、とは思ってたけど。そういえば知らないなって」
「何歳、ねえ」と口の中で呟く鹿野。
「この惑星と私たちの惑星の年齢の数え方は違うかもしれないので、とりあえずそれなりには生きてるって言っておきますよ」
「えー、なにそれ」
正直に言うと、年齢なんて覚えていない。
地球から旅立って、年月を数えていたのはいつまでだっただろうか。
宇宙を旅するうちに、元々持っていた昼夜の感覚もなくなり、一日の感覚もなくなった。
それに、宇宙船の中にいて歳を取ったと言えるのだろうか。
頬杖をついたまま、スクを見上げた鹿野。
「逆に聞きますけど、何歳に見えます?」
「うーん……二十四歳、とか?」
そう言って首を傾げたスクを見て、おそらく年齢の数え方は同じだ、と判断した鹿野。
「残念。私は少なくとも二十四歳にはなってましたよ」
そう言って、肩をすくめた。
「えぇー、嘘! そうなの?」
「そんなとこで嘘ついてどうするってのよ。地球を出たとき、三十歳とかそこらでしたかね」
その後は分からない。
地球時間だと、あれから何年経ったのだろうか。
まだ、地球は存在しているのだろうか。
遠くを見て考え始めた鹿野を見て、スクは黙り込んだ。
「……シカ」
「ん?」
「シカは、地球に戻りたい?」
目をパチパチさせた鹿野。
なるほど、スクにはそう見えたのだろうか。
「戻りたいとか言う以前に、そもそも戻れないんで。考えもしなかったですね」
「え、そうなの?」
鹿野は肩をすくめる。
宇宙船を確認しに行った藤田から話は聞いた。
「いくら宇宙船が残ってても、エンジンも空気も水もダメってなったら、さすがにね」
壁の穴くらいなら、誰でも直せる。
そのくらいの修理はできないと、そもそも宇宙を航行する許可は出ない。
ただ、エンジンとなるとさすがに話は別だ。
「直せないの?」
不思議そうな顔をしているスク。
「本来、エンジンが壊れたら丸ごと取っ替えるのが普通なんです。そのくらい、普通の人が直すのは難しいんですよ」
そして、そこまでの技術が鹿野を含め三人にあるかと言われたら、正直なところ微妙だ。
三人とも基本的な知識はあるため、空気循環と水再利用システムくらいなら直せるだろう。
通信に関してはすでに何度か直しているし、観測機器の故障もある程度は直せるし、そもそもなくても大丈夫なものもある。
ただ、エンジンだけは違うのだ。
そしてエンジンが直らなければ、そもそも飛べない。
「地球どころか、宇宙空間に出ることももうできなさそうなんで。落ちた時点で野垂れ死ななくてよかったんだかどうか、って感じですよ」
目を丸くしていたスクが、ふーんと小さく呟いた。
「前から思ってたけど、シカってフジとは違うよね」
「そりゃ違う人間なんで」
優しい人間には見えないだろう、というのは自分でよく分かっている。
じっとスクが鹿野を見ているのに気づいて、また鹿野はスクに目を向けた。
「何か?」
「いや……シカって面白いなあって」
「はい?」
顔をしかめた鹿野。
一体、どの部分からそう思ったのか。
「フジは一緒になって考えてくれたり、こうしたら? って提案してくれるけど、たぶんシカってそういう人じゃないよね」
あぁ、と鹿野も頷く。
悩み事の話か。
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